第二十一話[勝つんだ!]
柚元を一年生とキャッチボールに行かせ。柚元を除くスタメンメンバーが集まっている。
「打たれた事は、本当に申し訳ありませんでした」
大具来が頭を下げる。
その頭を水田がなでた。
「今はそんな事はどうでも良いんだ。それよりも」
水田が体を前に乗り出す。
「みんな…まさかこのまま負けるとは思っていないだろうが、もう一度思い出して欲しい…」
集まったメンバーをぐるりと見回す。
「バラバラで廃部寸前だった野球部をほぼ一人で立て直したのは誰か?」
柚元です、と言う声が聞こえた。
「未経験のピッチャーをかって出て、俺達をチームにしたのも柚元だ」
ほぼ全員がうなずいた。
「いいか、その柚元が村のみんなを喜ばせる為に勝ちたいと言ったんだぞ、人口が300人よりも少なく、見渡す限り老人しかいない村の為に勝ちたいと言ったんだぞ!」
手を握り、言葉の語尾にも力が入ってきた。
「勝つんだ!自分の為でなく、あいつの為に!これは恩返しだ!恋恋だって勝ちたいんだと思う、実際実力だって俺達と互角かそれ以上だ、だけど…俺達には勝つ義務がある!」
おおー!と言う声が聞こえた。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……ふぅー」
マウンドの上で早乙女は完全に息が上がっていた。確かに今まで結構な球数を投げたしライトでの大ダッシュもあったが今一番の原因は先頭打者への5球だと思われる。
2−3、フルカウント
体力を消耗しないようクイックで6球目を投げる。
打者がバットを寝かせる。
――またぁ!?
ヨロヨロと前に走り出す。
それを待っていたかのように打者はバットを引く。
「ボール!ファーボール!」
打者がバットを放り投げ一塁へと歩いて行く。
「ハッ…ハッハッ……ハァ…」
早乙女は息も絶え絶えにマウンドへ戻って行った。
「黒瀬さんって漫画好きでしたっけ?」
ナイスセン!とか、よく見た!などと言う声援で覆われているベンチの中で大具来が水田に聞いた。
「いや…知らんけど…どして?」
「いやぁなんか今みたいなのなんかの漫画で見たことあるなぁ…って…それだけっす」
水田はまた大具来の頭をなでた後、一塁上でガッツポーズを決めている丸刈りの男を見た。
「たしかに、現実離れしてるよなぁ…」
「何か指示でもしたんですか?」
その発言に何かの意味を感じたらしく大具来が水田に問う。
「いや…なにも…」
何の意味も無かったようだ。
「でも…」
水田がマウンドに戻っていく早乙女を見ながら静かに言った。
「後の奴らが真似したら…あのピッチャー出来上がっちゃうよな」
――どうにかならんものかね…
一塁の守備につきながら丸岩は考えていた。
今、柚北高校の連中はとてつもなく的確な作戦をとっている。
早乙女を潰しにかかっている。
――もう早乙女しか残ってねぇし…
恋恋高校には基本的に投手が早乙女しか存在しない。
今日び、西木大輔と言う非常手段をとったが投手経験の薄さとフォームの癖をすぐに見破られた。
――向こうにも策士が居るってこった。
スパイクの靴紐を踏む。
「居ないんだろ?ピッチャー」
四球で歩いた黒瀬とか言う奴が聞いてくる。
「もしかしたら俺が投手かもしれませんよ?」
「だったらもっと前に出てるだろ」
――むぅ……
「悪いけど…潰させてもらうよ、勝ちたいから」
「あんなの漫画ですよ」
「でも現に成功してるじゃん」
――むむぅ……
「漫画とでも卑怯とでも何とでも言え、それでも俺達は勝つよ」
「勝ちたい気持ちは俺らも一緒ですよ」
「重みが違うんだよ、この一勝の重みが」
――むむむぅ……
「それは分かりませんよ、俺らだって案外重いかも」
無意識のうちにもう片方の靴紐を踏んでいた。
――エースは僕で、僕がエースだ。
8番打者もバントの構えを見せる。
カウントは1−2、どっちかと言うと投手不利。
ローラのサインは真ん中、つまりはストライクに入れろということで。
投げた瞬間に走るといっても本人だけが走っているつもりで周りから見れば完全に歩いているわけで。
そもそも相手が・・そう・・いう・・作戦をとっているから正直そこまで必死に走らなくても良い訳で。
「ボール」
しかも大きく外れたボール。
――エース、エース、エース、エース!
心の中で連呼する。
彼は責任を強く感じてしまうタイプなのだ。
5球目を投げる。
走る。
ボールがバットに当たる。
「うそっ!」
驚嘆の声と共に自分の左側を抜けようとしているボールをグローブで取る。
そして、ボールを持ち替えようとするが。
しっかりと握られていなかったのか無情にもボールがグラブから落ちる。
「ああっ」と言った声が観客席全体から聞こえたような気がした。
すぐさま拾い一塁へと投げる。
丸岩が必死こいて体を伸ばすが時すでに遅し。
無死一、二塁。
恋4−2柚