第五話『怪我の巧妙』
「ここを抑えれば…」
すでに肩で、呼吸をしている剛は延長9回を迎えている。
リトルの選手にして見れば、9回は高校生やプロの15回に匹敵する。
バッターは今日、3打数2安打と当たっている3番打者が打席に入る…。
捕手のサインを見て剛は、頷く、コクリと力強く頷き、セットアップポジションになる。
そして、左足を上げる。
大きい独特の投球モーションから第1球を投げる。
「くっ!!」
その度に激痛が走る。
ボールは風を切るように唸りながら、捕手のミットに入り込む。
スポーン ドシッ
「球は全然、来ているな…」
捕手は気がついていた肩はもう限界を超えていることを
「止めてもあいつの事だ…絶対マウンドは降りない」
「神奈川ナンバー1のリトルエースはこの俺だ!!!」
(あの投手…クイックはもうする気力は残されていないな)
一塁ランナーはすでに体力は、限界に近いと見破っていた。
剛がモーションに入ったと同時に、一塁ランナーはスタートを切る。
彗星の如く俊足のランナーはいくら、捕手の肩が強いと言われていても、間に合うはずもなく…
「セーフ!!」
ワンストライクと引き換えに得点圏にランナーが進められてしまう。
県内1の俊足を相手にしていれば、誰でもそうなる。剛のバッテリーも例外ではなかった。
「ドンマイ!ドンマ…!!!!!」
セカンドがピッチャーに送球を返球しようとした途端異変に気がついた。
何とマウンド上で横になり右肩を抑えながら激痛を堪えて顔が歪み、うずくまっている剛の姿があった。
急いで監督も控えの選手も内野も外野も集まって来たが、その後剛はどうなったか知らないため説明がそこで終わる。
「そうなんだ…でも、もう大丈夫よ」
雫は途端に妙な事を言い出す。しかも自信に満ち溢れた声で言った。
「あっ?何がだよ」
以外に冷静だった剛の反応ではあった。
自分でもこの時ばかりは、素晴らしい反応が出来たと後からでも、感じる。
「私のお父さんは、医者なのよ」
どうだ!凄いだろ!!!これであんたの怪我なんか治るのよ!!と言わんばかりのすがすがしい表情であった。
「あーすげーすげー、それで俺の怪我は治るのか?」
半分、冗談だろ?
俺の怪我は、根治はしないんだぜ、本当はピッチャーをやっていてはいけない肩になっているがピッチャーの出身の意地があるからやっているだけなんだからな。
「今日が無理だったら、今週の週末にでも来て見てくれる?私もサービスするわよ!!!」
その時、雫のサービスの方が気になった。もしかしてナース姿の上半身裸で、俺にサービスしてくれるってか!!と男なら誰でもするような馬鹿な期待をしえてしまった。
「何よ!!その格好、まさか私がナース姿で変体プレイでもするとか、思ってたんじゃないの?」
げっ!!ビンゴと言うきまづい表情をしてしまった。
これで幼馴染と言えども、評価が下がるなと多少、ショックを受けた。
「兎に角、名医!月野茂に任せなさいよ!!メジャーリーガーの怪我も治した程の名医なんだから!!」
笑顔でその場を離れていった。
名医か…この肩が完全に治る?それは楽しみだな…と期待と半分信用しない投げやりな態度で、複雑になった。