第16話『星とお前と俺達と・・・』

 

 

 

 

 












 

 

 

 

 

カーン。カーン。

 

 

 

 

 

 

 

聞き慣れた打球音が、耳に飛び込んでくる。

城彩の校庭からは、名門野球部の打撃練習が行われている。

城彩に通う生徒なら、この打球音はほぼ毎日必ず耳に飛び込んでくる音だろう。

 

 

 

 

しかし、そんな打球音を聞く度に。閉ざされていた心の奥底にある繊細な部分に。

チクリ、チクリと何かが刺さったように。胸が痛む思いをしている者も少なくは無い。

 

 

 

 

 

 

 

そして。ココに。その打球音が誰よりも恋しく・・・そして憎んでいる者がいた。

 

 

 

 

 

 

 

あまりに悲惨な運命に縛られ。野球部という集団を追放された男。。

 

 

 

 

 

 

 

古橋浩太郎

 

 

 

 

 

 

 

彼は小学生時代、地元の軟式野球チームの4番打者として活躍した。

そして、その翌年・・・・。中学生となり、城彩中学に入学。

当時はまだそんなに強くは無かったと言われる野球部に入った。

同地区には独遠寺馬中学や、恒庵中学などの強豪校がある為。

毎年その対抗株に名前が挙げられる位の程度のチームだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、古橋の入部した年。奇跡が起こった。

 

 

 

 

 

 

城彩はその年。関東大会の常連。恒庵中学を破り。念願の県大会出場を果たした。

 

 

 

他地区から集めた訳でもなく。チームワークで勝ち取った優勝。

ベンチ入りの先輩達は、歓喜に溺れ。出来る限りの表現を駆使し喜びを表にした。

 

 

「めっちゃ凄いやん。先輩。なぁ・・・・お前もそうおもわへん?」

「あぁ。俺たちもいつか。先輩たちのように。協力して優勝したいな・・・・」

 

 

 

その時彼は、応援席で、そんな先輩たちの姿を見て決意したのだ。。

 

 

 

 

絶対に。。このチームを強くする。。。と。。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、悲劇の始まりは。ここからだった。

 

 

 

 

 

数日後・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

優勝を手にした、彼らの練習に付いて来れず。部を辞めた先輩が暴力事件を起こした。

 

 

 

投手、捕手、主将、部長、4番打者。

他にもたくさんの選手が、心無い者によって襲われた。

 

 

 

 

 

 

 

結局、監督は中学野球連盟にそのことを報告し、城彩は出場を辞退した。

 

当時の監督も責任を取り辞任。問題の部活に、なかなか後任の顧問は見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、半年後。。

 

城彩野球部が変わった・・・・

 

力無き者、練習に付いて来れぬ者の入部を一切認めない。

少数衛生のシステムに変わったのだ。。

 

 

 

彼らは、苦楽を共にしてきた仲間達との別れを余儀なくされた。

このときに退部させられた在籍部員の数はおよそ半数。

豪快な打撃で、代打としての活躍も期待された門倉直樹や。

堅実な守備と、確実なチーム打撃で、内野手の2番手に付けていた嘉勢達哉も

退部を余儀なくされたのである。。

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前が暗い。。

 

 

 

 

 

 

 

ここから先の記憶を思い出そうとしても。なかなか思い出せない。

部分、部分なら思い出せる。

しかし、詳細を思い出すことは出来ない。と、言うよりは長い間、詳細を思い出すことをしようとしなかった。

 

 

目の前にある、第二野球部という環境に逃げて・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古橋「鳥羽崎・・・・。お前は・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

放課後。部活動で使用されることも無い、抜け殻になった教室。

 

一人の野球部員が。今、閉ざされた心に問い掛ける。。

 

 

 

 

 

 

 

古橋「俺の取った行動は。間違うてへん・・・、そうやろ?」

 

 

 

 

 

 

 

沈む夕日を背に。彼はグラウンドの中央に立ち尽くしていた。

 

 

 

古橋「おい、勝ち逃げする気なんか〜。もういっぺんかかってきや!」

 

マウンドに立つ少年に向けて、幼き頃の彼が血相を変えて言い放つ。

 

「おいおい。これで5打席目だぞ。何度やってもお前には打てないんだよ」

 

マウンドの少年は涼しい顔をして、青い短髪の髪の毛を整えながら軽く言い返す。

すると、古橋は機嫌悪そうに、バッターボックスの土を蹴り上げて、構えなおした。

 

古橋「もういっぺんだけや。もういっぺんやったら俺が勝つで」

「わかったわかった。投げてやるよ。その代わり俺が勝ったらジュースおごれよ」

古橋「わかったから早く投げや!」

 

マウンド上の少年は古橋のインコースいっぱいに速球を投じる。

古橋はそのキレの良い速球に対し当てるのが精一杯だ。

 

 

 

 

 

 

 

ボンッ

 

 

 

 

 

 

軟球がバットの根っこに当たり、鈍い音があたりに木霊する。

 

完全に詰まった当たりだったが、それが幸いして一塁に引かれていた既に消えかかってる線の上に丁度ポトリと落ちた。

 

古橋「っしゃー、ざまぁみんかい!」

 

古橋が満面の笑みを浮かべ、マウンド上の少年に向かって叫ぶ

マウンド上の少年は、少し悔しそうな表情を浮かべながら言った。

 

「なんだよ。超ラッキーなポテンじゃんかよ。もう一回勝負だ!」

古橋「あぁ?何度やっても結果はかわらんて。連打で俺の勝ちや!」

「うるさい!今度は俺が勝つんだ!」

 

 

 

 

二人は、時間を忘れて。二人だけの世界に没頭した。

30回か40回か。何度も重ねた勝負の結果は。夕日が完全に沈み引き分けに終わった。

対戦成績はもちろん。少年の方に分があったのだが・・・・。

 

古橋「はぁはぁ。お前も中々ええ球放るやないか!」

「お前もな・・・。俺の球について来れるなんて、対したもんだぜ・・・。」

 

二人は、グラウンドの外野の芝生で。疲れた果てて倒れこんだ。

その視界に入る夜空と言っても良いほど、光を失った空には、沢山の星がそれぞれ違った輝きを放っていた。

 

「俺さぁ、こんなに真剣に勝負したの初めてだなぁ」

 

少年が、古橋に語りかける。

 

「俺たちのチーム、弱小だろ。だから、俺の球を打てる選手なんて誰もいないし。誰も打とうとしない。だから、俺ずっと一人で野球をやってたんだ・・・でも、お前が転向してきて、やっと、野球が楽しくなってきた・・・。」

 

古橋「俺もや。俺も、転向先のチーム滅茶苦茶弱い聞いとったから、お前みたいな奴と会えてえがった思うてる」

 

そんな二人の、勝負の後の純粋な会話の中、夜空に一筋の光が横切った。

一瞬の出来事だったが・・・、確かにその光景は二人の脳裏に焼きついた。。

 

古橋「流れ星やで・・・」

「綺麗だな。」

古橋「向こうでは結構見たんやけどな。こっちに来てからは初めてやで」

 

「なぁ古橋。俺たち何時までもこうして、疲れるまで競い合って、そしてここで倒れて、星を眺めてたいな・・・」

古橋「は?何いっとるんねん。」

「2年後に中学、5年後に高校。俺たち何時までも仲間でいられたら良いよな・・・」

古橋「あ・・・あぁ・・・・・」

 

先ほどまで、意地を張り合っていた相手の、あまりに生真面目でクサイ台詞に戸惑いを隠せない古橋。

しかし、地元では実力故に浮いた存在になっていた少年の。

本気で競い合える相手を長い間求めて、ようやく望みが叶った素直な気持ちであろう。

 

 

 

 

「なぁ。1年ごと。今日9月16日に、ココに二人で集まって、また野球しようぜ」

古橋「なんやねん。野球ならいつでもできるやろ」

「いや、俺にとって、今日は特別な日だ。お前って言う、ライバルに出会えた・・・ね。だから、来年も、再来年も、大人になってもずーっと、9月16日は、ここに来て。クタクタになるまで勝負して、ここに倒れて、星を見ようぜ」

 

 

古橋「ああ。約束やで。忘れたりしたら・・・罰金やで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。。

 

窓から、紅の夕日の光が差し込んでくる。。

 

どうやら俺は寝てたみたいだ。。

 

この夕日。どこか懐かしい感じがする。。

5年前のあの日、ライバルである彼と、日が暮れるまで勝負に熱中した。その時の。。

 

古橋「約束は約束やしな・・・・・」

 

 

誰もいなくなった校舎を出ると、古橋はいつもと違う方向に向かって歩き出した。

 

5年前。彼と約束した。

 

一筋の流れ星の下で、約束した。。あの場所へ。。。

 

 

 

 

 

 

 

歩くこと15分。

夕日もすっかり沈みかけ、あたりを照らす光も残り僅かとなる。

町内に設置された電灯がポツリ、ポツリと点き始め、先ほどまでとは違った風景を創り出す。

 

古橋「ここ・・・か。。」

 

1年ぶりの、あの場所は雑草が生え、伸びきって。ゴミが放置され。

あの頃の面影は殆どのこされていなかった。

 

古橋「・・・・・罰金や言うたやろ・・・・アイツ・・・・・」

 

人の気配すらない、こんなどうしようもない荒地に人が来るはずが無い。。

しかし、古橋は待った。5年前の約束通り、9月16日の、あの場所で・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

ガサゴソ。

 

 

 

 

 

 

 

近くで、草が揺れる音が聞こえた。

今日は快晴で、特に風も無かった為、古橋は音の方向を振り向いた。。

 

 

 

チュー

 

 

 

 

しかし、音の源は、ゴミ捨て場に餌を求め、荒野をさまよう鼠だった。

鼠も寂しそうに古橋を見つめ、古橋もまた鼠を寂しそうに見つめた。。

 

 

古橋「お前も一人で寂しいんやろな。はよう仲間が見つかるとええな」

 

 

すると、鼠は言葉を聞き取ったかのように、古橋を見つめなおし

 

チュー

 

と、元気に鳴いて見せた。

 

 

古橋「頑張りや・・・、猫に食われるでないで」

 

 

古橋も、去り行く鼠と共に、その場を後にしようとした。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時

 

 

 

 

 

 

 

「古橋・・・・、待っていたのか・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

古橋が振り向くと、そこには青髪で長身。

冷たい眼差しと、雰囲気を漂わせる、ひとりの青年が立っていた。。

 

 

 

 

 

 

 

古橋「ようやっと、来たか・・・・・・・・・・・鳥羽崎。。。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く