第21話『Like...the best 何よりも好きだから・・・』

 

 








 

 

 

 

 










ホコリをかぶった、何も無い廃墟に足音が響き渡る。

振り返れば、ここも彼らが幼き頃は多くの人間が住んでいた場所だった。

過疎化すれば、廃れる。それは住宅や地域だけの話でもない。

部活やサークル、人間を基本とする集まりは、過疎化と共に滅び行く物。それが運命・・・。

 

それを物語るような、建物の中。

第二野球部の門倉と嘉勢は二人、さらに奥へと進んでいった。。

 

嘉勢「いい加減この辺りでいいだろう・・・・」

門倉「話し声が外に漏れるとまずい。」

嘉勢「・・・・・・・」

 

門倉がそういって、嘉勢を更に奥まで連れて行く。

これは、外部に話し声が漏れると言うより、先ほどの部屋から少しでも遠ざかっておきたかった。

 

1年はまだこの事情を知らない。。

門倉は未だにそう思い込んでいたから・・・・・。

 

そして、廃墟の最深部までやってきた。

そこは最も気味が悪く、最も暗かった・・・・。

嘉勢は少し怯えた様子を見せたが、門倉はいたって冷静だ。。

 

嘉勢「お前は昔から気味悪いところが好きだな・・・」

門倉「ほっとけ・・・」

 

この二人、実は幼き頃からの友人で、まだ物心つかない時、保育園で知り合った仲だった。

そのことを知っている古橋は、今回の造反の件を、門倉に任せたのだろう。

 

門倉「一体お前は何が気に入らないんだ・・・・?」

 

門倉が一転して、嘉勢に問い掛ける。

その問いに嘉勢は一旦口を閉じるが、しばらくすると、冷静な解答が返ってきた。

 

嘉勢「お前らは・・・、野球部を倒してどうするつもりなんだ・・・?」

 

門倉は逆に問い掛けられて、少し戸惑った様子を見せ、鸚鵡返しをする。

すると嘉勢は更に続けた。

 

嘉勢「奢り過ぎだと思わないのか?俺たちは所詮落ちこぼれだ、落ちこぼれの俺たちに古橋が加わったところで野球部に勝てる訳がない・・・」

 

心無い言葉に、門倉が少し顔を歪ませる。

 

門倉「言いたいことはそれだけか・・・」

 

嘉勢「負けたら廃部。もう陰で野球をみんなで楽しむことも出来ない。勝手なことしやがって・・・」

門倉「負けるのが怖い・・・だから逃げるのか・・・・」

嘉勢「立ち向かって、野球を奪われるよりはずっとマシさ。今のお前らは可笑しいよ、本当に野球部に勝てると思ってるのか?」

 

嘉勢が半ば開き直りながら、冷静に痛々しい言葉を重ねていく。

野球が出来ない苦しみ、そして再び野球ができる喜び・・・・。

その喜びのぬるま湯に浸かり、出てこようとしない・・・・。これが現状だ。。

 

門倉が二三歩、嘉勢に向かって歩み寄る。

丁度あと一歩で額がぶつかり合うと言うところまで、門倉が接近した。

 

刹那。。。

 

 

 

 

 

 

 

ドゴッ

 

 

 

 

 

 

 

鈍い打撃音が廃墟内に響き渡る。。

そこには右手を思いっきり振り下ろした門倉と地面に尻餅を付く嘉勢の姿がある。

 

嘉勢「・・・・・・!!」

門倉「っ!!」

 

門倉は、嘉勢を殴り飛ばした。

常に古橋に比べ、冷静さを保ち、状況を把握してチームを纏めてきた門倉が。

今、静かにその怒りを爆発させた。。

 

嘉勢は驚いた表情で、赤く腫れかけてる頬を抑えて、門倉を見る。

門倉も我に返ったように、振り上げた右手をそっと下ろして、嘉勢を違った眼差しで見る。

 

門倉「あ・・・・スマン・・・つい・・・」

嘉勢「・・・・・・・」

 

嘉勢は立ち上がり、倒れた時についた汚れを払う。

 

そんな気まずい雰囲気を払拭するために、門倉が再び口を開く。

 

門倉「なぁ、嘉勢。お前・・・少年野球の時、どうだった?」

嘉勢「少年野球?」

 

門倉が一転して、話題の転換を図った。

先ほどまでの痛々しい空気は抜け、どことなく朗らかな感じすら漂った。

 

門倉「俺は少年野球のときに・・・忘れられない試合がある・・・・」

 

門倉が真っ直ぐ嘉勢を見つめ直すと、嘉勢もいつもと変わらぬ冷静な表情で門倉を見る。

門倉はいつもの厳格な表情とは打って変わり、少年の顔に若返っていた。

 

門倉「3年前の最終戦、相手は地区で一番弱いチームだった。でも相手もこれまでの試合を通じて、当時4年生のエース中心に纏まっていた」

 

嘉勢が僅かに頷いたのを確認して、門倉は話を進める

 

門倉「それでも実力の差は大きく、俺達のチームは5回までに7点を奪って、あとワンアウトでコールド勝ちってところまで追い詰めたんだ・・・・・でもな・・・」

 

辺りに物音が響くことは無い。

一瞬門倉が唾を飲むこの瞬間でさえ、静寂が走る。

その時は、一瞬であり一瞬で無いような気すらしてきた。

 

門倉「相手はまだ諦めてなかった・・・、俺たちは・・・コールドで勝って帰って遊ぶことばかり考えていた。そんな俺たちは、相手の選手の流す涙を見て圧倒された。アウトだとわかっていても頭からくる、俺たちは動揺して、エラーを繰り返し、安打も許すようになった・・・そして・・・・」

 

門倉が再び、乾いた舌を潤すために唾を飲み込む。

だが、その一瞬の静寂を嫌ったか、嘉勢は門倉より先に口を開く。

 

嘉勢「知ってる・・・、地区の掲示板で結果見て驚いた・・・」

門倉「あぁ。10−9。辛うじて逃げ切ったが、屈辱だった・・・」

 

門倉が話し終えると、再び静寂が走った。

さすがに廃墟の最深部とあって、彼らの発する音以外は風の音だけなのだ・・・。

そして風の入ってくる音と共に、門倉が再び口を開く。

 

門倉「その試合は勝った気がしなかった。圧倒的な力の差があったにも関わらず、な・・・」

嘉勢「・・・・・」

門倉「だけど俺たちはその結果を受け止めた。野球は流れのスポーツ、どんなきっかけでも流れを掴んだほうが勝利する・・・違うか?」

嘉勢「流れ・・・・」

門倉「その翌週、俺たちは地区の優勝チームに練習試合を申し込んだ。そして初回から奇襲作戦を積極的に仕掛けて、序盤に流れを掴んだ・・・試合は負けたが善戦した、一歩踏ん張れれば十分勝機のある試合だった・・・・」

嘉勢「だ・・・だけど・・・」

 

 

 

急な話の展開に、戸惑う嘉勢の言葉を聞き流し、門倉は言った。。

 

 

 

 

門倉「どんな相手でも、必ず1%の勝機はある、諦めなければな・・・」

 

嘉勢「・・・・・・」

 

 

 

 

今まで、ただ二つの野球部の実力を、自分の中の量りにかけて判断していた。

しかし、今の門倉の一言で、いままで嘉勢自身が付けていた格付けを一気に崩れていった。

 

そして・・・

 

門倉「それに、奴らはその可能性を広げる大きな要素になりつつある。俺は、僅かな可能性に賭けてみたい。自分の可能性を信じてみたい。」

 

嘉勢「・・・・・・・」

 

門倉「もし、その可能性に賭ける気になったら、練習に来い・・・それだけだ・・・」

 

そう言うと、門倉は部屋には戻らず、廃墟の上り階段を一人で上っていく

嘉勢はしばらくそこに立ち尽くした。。

 

 

 

 

嘉勢「可能性・・・か・・・・・」

 

 

 

 

嘉勢は、僅かに地上から吹き込んで来る風と共に、独り残された廃墟の最深部で座り込み

しばらく動こうとはしなかった・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、丁度小宮山が奇声を上げて倒れたくらいの時間帯だろうか・・・・。

 

 

負けが許されない野球部は、夜間に理事に学校に集められてミーティングが行われていた。

部屋は、普段生徒などが入ってこれるはずもない、外来からの客を迎える会議室。

そこに、鳥羽崎ら数名の野球部員が召集されていた。。

 

 

理事「そうか・・・・奴らは徹底的に潰してやる必要があるな・・・」

 

 

理事が、咥えたタバコを灰皿に強く押し付けながら言い放つ

自分に逆らった者への強い怒りを、抑えきれずに苛立ちを隠せていない。。

 

理事「第二野球部との試合は、私が直々に指揮をとる。。」

 

理事は少々狂ったような表情を浮かべながら、鳥羽崎達に言う。

鳥羽崎は、その蒼い瞳を殺し、忠実に理事の言葉の一つ一つに感情無く返事を返す。

 

理事「して、第二野球部の戦力分析のほうはどうだ?」

 

理事が、鳥羽崎の隣に座る鞘元を指し、問う。

すると、鞘元は、手持ちのカバンの中から、ノートを取り出して、ページを開きながら言う。

 

鞘元「はい、戦力的にまず負けることはないでしょう。要注意選手は古橋です。球速、制球共に野手とは思えない程のレベルまで成長している様子です。あとは特に注意する必要はありません。門倉は致命的な弱点がありますし、嘉勢は恐れるに足らず。あとは野球経験のない素人や新入生だけなので、これ以上の偵察の必要はないでしょう・・・」

理事「・・・・・・・」

 

鞘元の説明を聞き、黙り込む理事。

そして、理事の様子を見て、少々困ったような表情を浮かべる鞘元。

 

鞘元「どこか、至らない点でも?・・・」

理事「お前にしては随分な怠慢だな、鞘元・・・・」

鞘元「え・・・・?」

理事「入って来い・・・」

 

 

理事が静かに言い放つと、隣の部屋へと通じるドアがキイと音を立てて開く。

 

そこから、小太りで、見覚えのある生徒が入ってくる・・・。

 

 

理事「畑中・・・第二野球部の現状を説明しろ・・・・」

鞘元「・・・・・!!」

 

 

なんと、現れたのは第二野球部の選手、畑中卓であった。

嘉勢の紹介で、第二野球部に入部して、一塁を守っていた選手だ。。

 

鞘元「な・・・・どう言う事ですか!」

 

驚きを隠せない鞘元に、理事は再び狂ったようにこう言った。

 

理事「ふふふ・・・私は大分前から、古橋の行動を見張らせておいたのだ。第二野球部の報告も受けていたさ。なぁ畑中・・・・」

鞘元「・・・・・・・」

鳥羽崎「・・・・・・(こ・・・コイツ・・・マジでいかれてやがる・・・・)」

 

理事の言葉に、返す言葉が見つからず、野球部の選手達は黙り込む。

そして、畑中は理事の指示通り、第二野球部の現状を説明した。

 

畑中「造反で内紛を起こさせる作戦は失敗に終わりました。奴らに接触機会を与えてしまったのが原因でしょう。戦力的には古橋や門倉などを中心に纏まっていますが彼らは十分に計算の範囲内の選手でしょう・・・」

理事「ほう・・・それで・・・・」

畑中「気をつけるべき選手は1年生。特に成長著しい小宮山と格違いの吉見は、古橋以上に警戒する必要があるでしょう。。」

理事「・・・・・そうか。で、奴らの弱点はわかったのか・・・・」

畑中「はい・・・人通り弱点は纏めました・・・・」

 

畑中はそう言うと、理事にレポートを差し出した。

レポートを受け取り、理事は再びタバコに火をつけると、鞘元の方を見た。

 

理事「今回の怠慢は見逃そう。私がこれを纏め、近いうちにお前に渡す。それまでにお前は全ての選手のコンディションをチェックして、私に報告しろ・・・」

鞘元「わかりました・・・・」

 

鞘元が、まだ少し動揺したような表情を浮かべるが、それを必死に隠す。。

今は、従うしかないのだ・・・・。。と、自分に必死に言い聞かせながら・・・・。

 

 

そしてその後理事から解散命令が出され、野球部員達は部屋を後にする。

ほとんどの野球部員が、理事の行き過ぎた行動に動揺している・・・・。

しかし、皆鞘元と同じ気持ちだろうが、ほとんど表情を見せたりはしない。。

 

皆が皆、理事に従うことによって、道を約束されるから・・・・・。

 

 

理事「おい、ちょっと待て・・・」

 

 

理事が最後尾にいる野球部員を引き止める

 

「なんですか?」

理事「明日、練習終了後に、堂上と秋山をここに呼べ・・・・」

「あ・・・・わかりました・・・で、ですが何故今日一緒に召集しなかったんですか?」

理事「ふっ・・・時期にわかるさ・・・・」

「あ・・・スミマセン余計なことを。。失礼します。。」

理事「なぁに構わんさ。はっはっは・・・・」

 

 

 

 

しばらく部屋には、理事の不気味な笑い声が木霊した。

自分に逆らう物を、全て排除する。全てを自分の支配下に置く。

そんな意図すら見える、彼の行動・・・・・。

 

 

 

 

 

 

一体、何の目的があるのだろうか・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

続く