第23話『本塁打ランキング2位の男』
そこには、造反者であった嘉勢や真上の姿も見られて。 第二野球部にはより一層覇気がでてきた。 エースが投げて、主軸が打ち、他がそれをカバーすると言う、本格的な内容の練習を行い。 2日後の試合に向けて最終調整が行われている。
しかし、そんな中、一人苦悩している選手がいた。
第二野球部でも人一倍大柄で、いつも元気良く、率先して声を出して練習し。 その顔に似合わぬ優しい性格で、陰で色々な選手の相談役にもなってきた男
西郷克哉だった。
第二野球部入部当時は、吉見と共に脅威の打撃を見せ付けて、鳴り物入りのような形で第二野球部に入部した西郷。
しかし、日に日に成長する小宮山、その影響を受けて見る見る自らのスキルを上げていく吉見。
そんな彼らや先輩たちの頭角で、日に日に陰が薄くなっていく気がしていた。
彼とて、毎日の努力を怠っているわけではない。 しかし、彼は感じ始めていた。 彼らと自分の徹底的な何らかの違いを・・・・・。
西郷「やはり俺は、野球の才能がないのか・・・・」
カーン
よく耳にする打球音がグラウンドに響き渡る。 快音は、打席に立つ吉見のバットから生まれたものだった。
古橋「おいおい、お前また成長したんと違うか?」 吉見「そうすか?まぁ、色々プレッシャー感じてますからね」
と、言うと吉見は自分の放った会心の当たりをジャンプ一番で見事捕球する小宮山の方をチラっと見た。
古橋「せやな、まだまだお前は伸びる素質があると思うねんな。俺と違うてな」 吉見「誉めても何にも出て来ませんよ」 古橋「生意気なやっちゃ・・・・」
そんな様子を横で傍観していた西郷。 吉見の打球の鋭さも日に日に増しているし、小宮山の守備など秒単位で上手くなっていると言っても過言ではない。 同期の野上を追い抜くのも時間の問題というほどに成長している。
そんな彼らに対し、自分の成長点が見つからない。 入部して、半年が経とうとしている今、成長する者としない者。
はっきり明暗が別れてしまっているような気がする・・・・。
コーン
西郷「痛っ!」
突然何者かに後ろからバットで軽くこつかれた。 振り返り、目線を下げるとそこには先ほどまで打撃を行っていた吉見が立っていた。
吉見「何ぼんやりしてんだよ、次西郷の番だぜ。」 西郷「あ・・・あぁ。悪い・・・・」
吉見にこつかれて、我に返る西郷は、改めて自分と吉見の大きさの違いを確認した。
近くに置いてみると、二人の大きさの違いは歴然だ。 身長にして20cm近く、体重も20kg程の差だ。
西郷はもし、この小さな吉見が自分と同じくらいの体格があったら。 もはや太刀打ちは出来ないだろう、と何度もそう感じたこともあった。
案の定、西郷はその後の自分の打席で、古橋の球に何度も詰まらされた。
前の吉見は、どこのコースでも確実に芯近くで捕らえていたのに対し 詰まらされる打球が多い それでも元々のパワーは西郷のほうが遥かに高いため、客観的に見ると同じくらいの打力のように見えるが、その技量の差は歴然だ。
古橋「(アカンな・・・、何かひっかかってやがる・・・・)」 西郷「・・・・・・・」
西郷は快打を連発させた物の、その表情が晴れる事は無かった。
西郷「いつからだ・・・いつからそんなに・・・・」
少年野球時代、本塁打王を争った相手の大きな成長に。 自分が友でライバルだと思ってきた存在に置いていかれたような気がしてならなかった。
門倉「おーし、今日はそろそろ切り上げるぞ」
日が暮れ、グラウンドを照らす物がなくなり始めた時、門倉が練習終了の声を上げる。 その声に、選手一同は小走りに集合して帰り支度を整えて、それぞれ帰宅する。
一同が纏まって、交差点まで一緒に歩き出し、そこからおのおのの自宅へと向かう。
小宮山「あれ?西郷は?」 吉見「えっ??」
その日、その帰り道に西郷がいなかったのに気付いたのは、交差点を曲がり、皆と別れた後だった。
小宮山「ま、いいか。どーせ古橋さんとかのピッチングに付き合わされてんだろ?」 吉見「あの人も頑張るからなぁ・・・・」
ブンッ・・・・・ブンッ・・・・・。
練習が終わった無人のグラウンドには、鋭いスイング音が静かに響き渡る。 そこには黙々とバットを振る巨漢、西郷の姿があった。 自分の足りない物を補うためには、ひたすら振り込むしかない・・・・。 自分がこのチームに貢献するためには・・・・。
「おい・・・・西郷!」
西郷「・・・・・・!?」
素振りに集中するあまり、確認が遅れてしまった西郷。 しかし、振り返ってみればそこには3年のエース、古橋がタオルを持って立っていた。
西郷「古橋さん、どうしたんですか?こんな時間に・・・」 古橋「お・・・お前こそ・・・どないしたん?」 西郷「あ・・・・」
質問をおうむ返しされて、戸惑いの色を見せる西郷。 一瞬、喉の元まで出かけてた言葉を、そのまま飲み込んでしまい、声を出し辛くなる。
古橋「お前、何か悩んでへんか?」 西郷「え?」 古橋「いや、どうも最近覇気が無いと思うとってな、気のせいならええんやけど」
普段、小宮山や吉見と違い。生真面目な西郷は、古橋と会話する機会は少ない。 西郷は少し戸惑ったが、一人で抱え込んでも仕方ないと考え、胸の内を明かすことにした。。
西郷「実は・・・・」 古橋「ちょ。こんなとこで話すことないで・・・近くのコンビニ寄ってこや。な?」 西郷「え?コンビニですか?」 古橋「あそこが一番おちつくんや」 西郷「??」
西郷は正直少し戸惑った。考えられない。何故相談の場所にコンビニをチョイスするか理解できなかった。 しかし、西郷は、古橋に付き添うしかなかった。 この機会を逃すと、誰にも話せなくなるかもしれないから・・。 古橋は西郷を連れてやってきた場所は、店内に専用の席が用意されていて、中で食べたり話したりできるミ○ストップというところだ。 二人は店内に入り、それぞれ好みの飲み物を購入すると。その席に対角に座る。
古橋「ええとこやろ。ココ。」 西郷「あ・・・はい」 古橋「お前、こういうとこあんま入らんやろ。一緒におる壮真も野生児っぽいしな」
その後しばらく、西郷は古橋のどうでもいいようなくだらない話を聞かされた。 時につまらないジョークに作り笑いを浮かべたり、苦笑したり。彼にとってなんの意味もない時間が刻々と過ぎていった。 そして、遂に西郷は呆れ果てて、席を立ち上がる。
西郷「あ・・・俺、時間なんで帰ります」
西郷が古橋の話を区切りを読んで、席を立ち上がる。 しかし、西郷が立ち上がったとき、古橋は西郷に向かってボソッと呟いた。
古橋「お前の打撃は完成してんねんな・・・」
西郷「・・・・・!!」
古橋「完成した打撃は、地道に磨くしかない。だが、完成しきってない打撃は、僅かなきっかけでドンドン良くなる。やろな!」
西郷「ど・・どういうことですか?」
西郷は先ほどとは打って変わった、真剣な表情で古橋を問い詰める。 古橋は、まぁまぁと西郷を落ち着かせるような動作をしながら、こう言う。
古橋「吉見は、まだまだ粗い。何故あのフォームであれだけの打力が誇れるか、不思議で仕方ないで。お前はその逆や、考えられん程綺麗な打撃をすんねん。技量から考えると、まだまだあんなもんやない。」
西郷「古橋さん・・・まさか・・・」
西郷が唸るような低い声で、古橋に静かに問い掛けた。
古橋「ビンゴや。ここんとこのお前の様子を見てれば、普通にわかるで・・・」
古橋は、手に持っていた飲み物を飲み干して、一息ついてから続けた。
古橋「アイツはどんどん上手くなる。せやけど俺は、ちっとも上達せーへん。やろ?」 西郷「そ・・・・そう言うわけじゃ・・・・」 古橋「ええねん。隠さんで。別に悪いことしとるわけやないねん。正直に言いや」 西郷「あぁ・・・・はい・・・」
西郷は、返す言葉が見つからなく、渋々返事をすると、しっかり向き直り問う。
西郷「俺はもう・・・・伸びないんですか?」
古橋は、西郷の寂しげな声に対し・・・こう答えた・・・・。
古橋「んなことはない。だがそれ以上に、お前が意識する相手が普通じゃない言う事や・・・」 西郷「・・・・どういうことですか?」
古橋「奴は、打撃のポイントをミリ単位で修正してきをる。それも本人の意識の中でな、天性のセンスって奴やろ。こればっかりはどうしようもないねん。」 西郷「ミリ単位ですか!?」 古橋「ああ、まだ粗いが、フォームが固まれば。どんな球にでも対応できる打者になる。お前には辛いかもしれへんけど・・・壮真の奴は天才や。俺ら凡人がどうあがいても、抜かれるのは時間の問題や・・・」
古橋の言葉に、西郷はショックを隠せない。 自分でも薄々気付いてはいたものの、やはり言葉と言う物は自分で考える以上に重い。 恐らく、自分自身認めざる得ない古橋も、同じ気持ちであろう。。
古橋「せやけど、お前は型にはまる選手やない、俺と違って、生き残る方法がまだある・・・」 西郷「それは・・・どういうことですか?」 古橋「お前は壮真を超える才能を持っている・・・。だけど、リスクは大きいで。どれでも挑戦するか?」 西郷「・・・・・・・・・」
しばらく沈黙が走った。。
そして、その後古橋から、西郷にある言葉が告げられる・・・・。
西郷「・・・・本気・・・ですか・・・?」 古橋「ああ・・・・俺が保証したるで!」
そこで古橋は、西郷に何を告げたかは、彼ら二人しか・・・知らない・・・。
そして・・・・日は完全に沈み、時は残酷なまでに速く進みつづけている・・・・。
運命の試合まで・・・あと24時間・・・・・。
続く |