今日は土曜日と言う事もあって、朝7時に集合して丸1日使って最後の調整に励む。
久々に雲一つ無い青空が、太陽と共にグラウンドを見下ろす。
門倉「嵐の前の静けさって奴かな・・・・」
ほぼ全員が、グラウンドに集まってから、門倉はそう呟いて。いつものようにメニューを発表する。 とりあえず第二野球部の主将は、門倉と言う事になったらしい。
古橋「おっ、みんなようやく揃ったみたいやな」
集合時間より早く、練習場所に来て自主トレを行っていた古橋と西郷が合流する。 どうやら、前日に彼等二人の間に何かがあったのだろうが。 別に特に気にする者もいなかった。
門倉「今日まで俺たちは、やることはやった・・・あとは今日。しっかり調整して明日、勝負するだけだ・・・」
嘉勢「おい、門倉、ちょっと待てよ」
門倉「何だ?」
嘉勢は門倉の話を止める その瞬間、選手一同の視線が門倉から嘉勢に移り変わる。
嘉勢「俺たち・・・鳥羽崎の球打てるのか?」
嘉勢のこの言葉に、浅間と吉見がヤジを飛ばす。 小宮山も真上もそれに続く、対照的に武藤と西郷はそれを静めようと呼びかける。 そんなざわついた空気を、聞きなれた関西弁が一蹴する。
古橋「黙らんかい!俺や門倉やて、ただのアホやない。鳥羽崎如きの球、今日一日漬けで十分打てるで!」 吉見「でも、俺や、古橋さんだって打てるかどうか微妙なのに・・・翔君とか絶対無理だよ・・」 浅間「あんだとこのチビっ!」 吉見「事実でしょ!」 門倉「心配いらん。その為に今日は9時に葛西セメントのエースの人に来てもらうことにした」 吉見「葛西セメント!!」
葛西セメントとは、かつて第二野球部が真夏の太陽の下試合を行った社会人最弱のチームである。
しかし、エースの吉見創は別格だ。 第二野球部に所属する吉見壮真の実兄で、最高球速130km/hの快速右腕。 彼の速球を打てるようになれば、鳥羽崎の速球など軽く打ち返せるはずである・・・。
吉見「兄貴の球を打てれば、鳥羽崎の球も打てるってか・・・」 門倉「そう言うことだ。時間を有効に使うために、吉見の兄が来るまでに、アップを終わらせるつもりだ、練習開始!」
午前九時ーーー 一台の乗用車が、河川敷の近くに停車した。
「さぁて、弟の為に一肌脱いでやるとすっか。。」
茶髪の髪に、弟の壮真とは対照的に、長身で大人びた青年が。 再び、彼らの前に姿を現した・・・。
彼らは、それぞれ帽子を取って、各自挨拶を済ませると。 壮真の兄、吉見創は、選手一同を集合させた。
吉見(創)「で、ほとんど状況を聞いていなかったね、詳しい状況を聞かせてくれ・・・」 古橋「かくかくしかじか・・・」
おおまかな説明を古橋が、細かい部分の補足は門倉が担当。 時々、吉見や小宮山、浅間といったあたりのヤジが飛んだが、そこは気にしない方針で話を続ける。 内容はほとんど葛西セメントとの練習試合後、鳥羽崎の訪問のこと。 彼らの説明した内容には、小宮山や嘉勢絡みのいざこざの説明は、一切含まれていなかった。
吉見(創)「と・・・言う事は俺は君たちの打撃投手になれと。。言う事かい?」 門倉「はい・・・お願いできますでしょうか?」
門倉が丁寧に、頭を下げると。創はグローブを手にとり、腕をぐるぐる回しながら言った。
吉見(創)「一回りだ。一回りで俺から1得点することが出来たら、いくらでも投げてやる」
その言葉に、弟である壮真が反射的に反応を示した。
吉見(壮)「おい・・・、もし俺らが打てなかったらどうすんだよ・・・」
すると、創はちょっと意地悪っぽく言い放つ。
吉見(創)「・・・・帰って寝る。だから頑張れ。言っとくが俺は手を抜かない、以上」 吉見(壮)「ああ・・マジで大人げねぇよコイツ・・・」
そして、第二野球部対、130km/h右腕、吉見創の対決が始まった。 ルールは想定戦、判定は公正に吉見創が行うそうだ。 想定戦とは、打球に応じて、結果を判断して、塁に残る。 捕手はいない為、盗塁は無しだが、その他は殆ど通常ルールと同じ。 3アウトでランナーは一掃されるし、牽制もそのときだけ試合に出場しないメンバーが受けることになった。
古橋「俺が球を受けるから、打順は最後でええねん・・・」 嘉勢「おい、いいのか?中軸はどうする?」 古橋「お前と壮真と西郷でええねん。十分打てる・・・」 嘉勢「で・・・でもよ・・・」 門倉「いや、古橋の言う通りだ・・・、絶体絶命の時を考えて、最後は1番本塁打の狙える古橋が最後にいたほうが良い。。」 武藤「守備位置は関係ないんだ、俺も打とう。」
結局、試行錯誤様々な作戦を立てた結果。最初の打席には嘉勢が立った。 そして、創は打席の嘉勢に聞こえぬように、ボソッと呟いた。
吉見(創)「こいつは安パイだ・・・、まず打たれることは無い・・・・」
ドバーン
そして、投球は・・・古橋の構えたミットに突き刺さった・・・。
中浜「ストライク、三振・・・・」
スタメンから漏れて、審判を勤める三年中浜が、半ば唖然としてコールする。 無理も無い・・・、嘉勢、野上、門倉、西郷、浅間と期待された上位打線が、全くバットに当たらない。 得点どころか、あてることすら精一杯・・・と言った状況。 打順もこれから下位にさしかかる、ここまでの内容を見ると、得点の可能性は低い・・・。
しかし、彼らもまだ諦めていない。
万一に備え、門倉は二重の打線を組んでいたのである。
二死、ランナーなし。ここから・・・彼らの反撃は始まる・・・・。
吉見(創)「(コイツは過去に俺の速球を安打した奴だな・・・面白い・・・。)」
打順は6番の武藤、葛西戦では貴重な代打安打を放った男である。 創は、何かを確かめるかのように、打たれたコースよりさらに甘いコースに、速球を投じた。
吉見(創)「打つか・・・」
カキーン
打球は右中間を真っ二つ、といったところに鋭く飛んでいく。 創はそれを見て、武藤に二塁に行くように指示。その表情は、驚いたような様子だった。
武藤が速球に強い理由は、過去にリトルリーグに在籍していた経験があるからだ。 リトルのマウンドは、中学の野球と比べ、かなり打者に近い。 その為、110km/hの速球でも、打者にとってみれば130km/h以上に感じられるのだ。 シニアでも、リトル出身の選手の活躍率が高いのは、その為だろう・・・・。
吉見(創)「(あれだけの球をしっかり合わせてきやがる・・・凄い打者だ・・・)」 武藤「(リトルリーグの体感速度は、こんなもんじゃないぜ・・・・)」
これで、流れを掴んだ第二野球部は、創の実弟である壮真を打席に送ると。
カキッ
喰らい付き、叩きつけた打球は三遊間にワンバウンドして、高々と跳ね上がった。 守備がいない為、打球は転々と転がって、レフトの定位置付近で静止した。
打球を放った吉見は、得意げな表情で漏らした。
吉見(壮)「文句無しのヒットでしょ」 吉見(創)「・・・・内野安打な・・・・」 吉見(壮)「どこが、文句無しのレフト前だろ!」 吉見(創)「あぁ?まぐれで当たっただけで、何を偉そうに・・・」
その後数分、彼らの言い争いが続いたが。 結局、結果は安打には変わりない。 二死、一塁・三塁で打者は8番に入っている小宮山に打席が回る。
小宮山が二、三度、素振りを行って打席に向かった時だった。
古橋「太一。下がれ。俺がいったる・・・」
今まで創の球を捕球していた古橋が、小宮山を制して打席に向かう。 防具を外し、ミットを嘉勢に渡して、バットを持ち素振りを始める。
小宮山「ちょ・・・どういうこと?古橋さんは、最後でしょ?」 古橋「今はツーアウトや。お前がアウトになったら、俺がホームランを狙うしかなくなんねん」 小宮山「え?でも、俺の打席はどうなんの?」 古橋「ええねん。俺がここで一発かませば、永久に130km/hを打ち続けることができんねん」 小宮山「なんで、打席は一人一回って決まってるんじゃないの?」
あまりに聞き分けの悪い小宮山に、古橋は溜め息をつき。半ば呆れながら言った。
古橋「・・・・アホ、おい保護者、説明したれ・・・・」
古橋は、野上を呼びつけ、小宮山に状況説明をするように頼むと。 二、三回素振りをして、足場を固め、ゆったりと構えた。
この場面、現時点の打力からして、小宮山が打つより古橋が打つほうが、遥かに安打の可能性が高い。 一打出れば、こちらの勝ち。そんな場面で、素人を打席に立たすリスクを犯したくない。 第二野球部の発足も、現在の状況も。全ては自分の行動から始まった物。 全ての責任を背負い、今、最初の難関に古橋が立ち向かった。。
しかし・・・勝負の世界は非常だった。。
中浜「ぼ・・・ボール。ファーボール・・・・・」 古橋「な・・・・なんやと・・・」
なんと、古橋に対し、創は投球4球全てボール球を投じたのだ。
吉見(創)「勝負は常に相手も真剣だ。敵が確率の高い方を選ぶのは当然。考えが浅はかだったな・・・・古橋君よお・・・」 古橋「・・・・・チッ・・・なんちゅーこっちゃ・・・」
勝負の世界は非常だ。 理由はどうあれ、勝負は勝負。お互いが本気で自分の勝利を目指しぶつかり合う。 それを、たかが試験と勘違いしてとった軽率な判断が、自分達自身の首を締めることになるなんて・・・・。
古橋は心底、悔やみ・・地面を思いっきり蹴り上げた・・・・。
門倉「・・・・・・・」 西郷「・・・古橋さん・・」
古橋は無条件で、一塁に歩き、塁が埋まる。 打席に立つ権利が残っている打者は、すでに第二野球部にはたった一人しか残されていなかった。。
小宮山「くよくよすんなよ、みんな。俺が打ってくればいいんだろ?なっ・・・!!」
誰もが絶望に狩られ、落胆するなか・・・。
一人、希望と覇気に満ちた表情と仕草で、飛び跳ねながら打席に向かっていく少年がここにいた
しかし、小宮山の表情は。ただただ明るいだけではなかった。。
何か、勝利を確信しているかのような・・・・。 生気に満ち溢れながらも、今までと違い、内に静かに燃える闘争心・・・。
そして何より・・・・・
この時の彼の周りには・・・・。
とても素人を思えない、何か特別な雰囲気が漂っているような気がした。。。
吉見(創)「(コイツだ・・・関西弁なんかより・・・本質的にコイツの方が・・・ずっと恐ろしい・・・)」
そして、敬遠策をとった、創は誰にも聞こえぬように、ボソリと呟いた。
吉見(創)「俺も・・・博打打ちが好きな男だな・・・・」
続く |