第25話『each other...』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

状況は2死満塁。

 

一点取れば、第二野球部の勝利。

勝てば、今日一日ずっと第二野球部専属の打撃投手として投げてくれる。

 

彼の球を打てれば、恐らく鳥羽崎の球に苦戦することは無いだろう。

 

 

しかしそんな大切な勝負の最後の打者が、なんと小宮山となってしまったのだ。

 

いままで、打撃は守備とどちらかと言うと守備を重点的に鍛えていたため、打撃にはどちらかと言うと手を抜いていた。

守備の方が圧倒的に効率的に考えて鍛えやすいからなのだ。

だから別に怠っていたわけではないのだが、彼は打撃に関しては古橋の速球に当てるのが精一杯な現状。

もちろん、球暦だけを考えればそれだけでも凄いことなのだが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、小宮山は二球で追い込まれた。

 

 

 

 

 

 

真ん中高めのストレート、情け容赦ない創の速球に小宮山はバットが出ない。

 

 

絶体絶命、誰もが負けを確信した。

だが、打席の小宮山は、まだその幼い瞳をギラギラと輝かせて、創から目を反らさない。

集中している・・・、最後の最後の一球に・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシッ

 

 

 

 

 

 

 

門倉「!!」

嘉勢「!?」

古橋「何やて?」

 

 

吉見(創)「お・・・・おいおい・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

当てた・・・・・。

 

 

 

 

創は手を抜いて投げたつもりは無い、間違いなく全力で投じた。

 

 

しかし、その球に小宮山は当てたのだ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小宮山「バッチリ。止まって見えるぜっ!」

 

吉見(創)「な・・・なんて奴だ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめは、創はその小宮山の言葉をハッタリだと疑い、信じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

しかし・・・信じられない事に。

小宮山は投げれば投げるほど、タイミングが合ってくる。

 

初めは振り遅れて、三塁線にコロコロと力なく転がっていくだけだったが。

遂には真後ろに打球が飛び始めた。

何度投げても、何度投げても粘ってくる、粘るどころかだんだん危うくなってきている。

先に焦りが見え始めたのは、創だった。。

 

 

真上「小宮山、もしかして凄いんじゃないの?」

門倉「いや・・・コイツは今、成長しているんだ・・」

真上「え??」

 

 

小宮山の眼は、さらに覇気が増していく一方。

自分で、自分の成長する様を確認しているように、嬉しそうに・・・。

 

 

 

 

吉見(創)「(まずいな・・・こうなったら・・・)」

 

 

 

 

創は、追い込んでからの6球目を小宮山に投じる。

社会人でも、自分の球をこんなに粘ってくる選手はいないだろう・・・・。

そして、創が投じた球は一転・・・アウトローに・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パカッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉見(創)「!!」

武藤「な・・・何っ!」

 

 

創の投じた投球は、捕手の嘉勢に構えさせたコースの全く逆球。

高めから一転して、アウトローギリギリ一杯。

一般的に、眼から一番遠く、打者が最も打ちにくいと謳われているコースである。。

嘉勢は、130km/hの速球が、全く逆のコースの球に対応できず、後ろに逸らしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パスボール。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、何より驚きなのは、小宮山はこの球に対して、バットをピクリとも動かさなかった。

追い込まれている状況で、ここまで一杯のコースに投げたのにもかかわらず・・・。

まるで本当に、軟式のボールが止まって見えたかのような・・・。余裕すら見えた・・・。

 

ボールは転々と、元から設置されていたバックネットの前に転がる。

その間に三塁ランナーの武藤が本塁を踏んだ。

良い形とは言えないが、一点は一点のはず。これは第二野球部の勝利だ。。

 

 

吉見(創)「おい、小宮山だったか・・・、お前・・・本当に野球初めて半年経ってないのか?」

小宮山「うん。と、言うより打撃なんてほとんどやってねーよ」

吉見(創)「・・・・なんてことだ・・・・」

 

 

 

創は若干呆れたように、首を軽く捻ると、再びグラブをはめなおしてボールを回し言った。

 

 

 

吉見(創)「わかった。約束だからな。お前らに極上の速球を投げ込んでやる」

 

古橋「おおきに!」

浅間「あざぁーーーす!」

門倉「ありがとうございます。」

 

吉見(創)「だが、やるからには本格的に行くぞ。絶対負けさせはしないからな」

 

古橋「合点や!」

 

 

 

 

 

 

 

こうして、彼らはまず、最初の壁を打開した。。

 

この創の剛速球を肌で感じ、実際に真剣に打席に立つことで、より実戦能力が備わった。

 

 

そして、何より小宮山の底知れぬ才能が、浮き彫りになった。

 

 

経験者、天才、努力家、初心者。全てが混ざり合い。第二野球部はこのとき。

初めて本当のチームとして、纏まり始めたのかもしれない・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時計の針が、12を指した。

 

運命の試合当日まで・・・・あと12時間。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方・・・・こちらは不気味に閉ざされた学校の一部屋。

 

 

この部屋は、どことなく余所余所しい雰囲気が漂った。

黒いカーテンがビッシリ閉り、外の世界からの光をシャットアウトしている。

無数に設置された空気清浄機に、温度調節機。

辺りを照らすのは僅かに点灯している部屋の灯りだけ。

 

何とも学校の中とは思えない程、異常な雰囲気に包まれていた。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどまで、音と言う物が全く存在しなかった部屋に、人間の声が飛び込んできた。

 

その中にひっそり、まるで外界の光を嫌うかのように、影を潜めていた理事が姿を現す。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事「堂上と秋山か。。入れ・・・・」

 

 

 

 

 

 

秋山「失礼します・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

長身で、華奢な体格の方。秋山が答えて、一歩一歩、闇に足を踏み入れる。

後に続くように、堂上と呼ばれる巨体の男が、ずんずんと歩いてくる。

 

 

 

理事「かけろ・・・・」

 

 

 

理事が低い声で一言だけ呟くと。

秋山は一礼して、堂上は反応を示さず黙って座り込む。。

 

 

 

堂上「何の用だ・・・榊原さんよ・・・」

理事「ふふふ・・・あくまでここでは‘理事‘だその名前では呼ばないでもらいたい・・・」

堂上「そうだったな、‘理事長‘さん・・・で、用件はなんだ?」

 

 

 

堂上が静かに、相手を威圧するように太い声で問う。

すると理事は、咥えていたタバコを吸殻入れ押し付けて、軽く咳き込むとこう言った。

 

 

 

理事「お前ら二人の聖玉学園への進学の件だ・・・」

秋山「聖玉学園!?」

 

 

 

秋山は‘聖玉学園‘と言う単語を聞き、明らかに表情を変える。

堂上も僅かに顔色を変えた様子をうかがわせた。

 

 

 

理事「そうだ。この東東京で、圧倒的な強さを誇る。東の猛、聖玉学園・・・驚いたか・・・」

 

 

 

理事は少々不気味な笑みを浮かべ、さらに話を続けた。

 

 

 

 

理事「貴様らは前々から、聖玉への進学を希望していた。違うか?」

堂上「あぁ、良くわかっているな。だが、県の強豪レベルの軟式野球部の4番が、聖玉へ入学できるなど到底俺は思えないがな・・・」

秋山「あぁ。俺はまだ2年ですよ。現時点の実力だけじゃ、進路の方は決定できませんよ。とりあえず希望としては、聖玉に行けたら嬉しいんですけどね・・」

 

 

 

 

 

理事「問題は無い。」

 

 

 

 

 

二人の言葉を、理事が立った一言で弾き返す。

聖玉とは、東東京の強豪校で、甲子園にも過去5年で3回出場している東の猛。

上を目指す者なら誰もが憧れる、野球名門校なのだ・・・。

しかし、入学条件は厳しく。一般で入ったところで、入部資格は無い。。

正式なスカウトの推薦が必要不可欠なのだ。。

 

そんな名門に、理事はどうやって俺たちを入れるつもりなのだろうか・・・・。

堂上も秋山も、同じ気持ちだった。。


だから、いくら理事の言葉と言えど信じがたい。狐に抓まれたような気分なのだ。

 

だが、そんな彼等の様子に構う事無く理事は話を続けた。。

 

 

 

 

 

 

理事「俺が・・・何故こんなチンケな県立中学の理事を勤めているかわかるか?」

秋山「いや・・・」

 

 

 

 

 

 

 

そう言うと理事は、再び不気味に微笑みながら、こう豪語した。

 

 

 

 

 

 

 

理事「俺は籍はここだが、聖玉の者だ。俺だけではない。この地区の優秀校。恒庵などにも俺と同じようなスパイが潜り込んでいる・・・」

 

 

 

 

 

秋山「!!」

堂上「おいそれはどういうことだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信じられない理事の発言に、コレまで冷静さを保っていた堂上が逆上する。

 

 

 

 

 

 

 

 

理事「フン、所詮貴様等が騒いだところで、校長や教育委員会は信じやしないさ・・・・」

 

 

理事の言葉に、堂上も何とも言えない気持ちを殺し、秋山に宥められ座り込む。

秋山も、理事の言葉を冷静に受けていることを装っているが、その表情は普通じゃなかった。。

 

 

 

秋山「どういうつもりだ・・・・」

 

 

 

秋山が理事に冷静に切り替えす。

すると、理事も今度は冷静に答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

理事「中学の顧問如きに、お前ら天才の育成は勤まらない・・・だから俺がちょっとばかし手を出して、邪魔者を一掃してやったのさ・・・・」

堂上「邪魔者を一掃・・・だと?誰の事だ?」

理事「まず、お前等の育成の妨げになる、戦力にもならん雑魚共を一掃してやったのは知っているだろう・・・・」

堂上「へっ・・・門倉達のことか?」

理事「確か、そんな名前の奴も混じっていたかもな・・・・、あとは俺の計画を邪魔する不穏分子を排除した・・」

秋山「不穏分子?」

 

 

 

 

 

堂上と秋山が、理事の答えに交互に質問を繰り返す。

しかし、理事は彼等二人に、信じられない事実を次々と打ち明けていった。。

 

 

 

 

 

 

理事「あぁ、話を聞くうちに後にわかるだろう。それより、今日わざわざ呼んだのは進学の件だ」

秋山「それも知りたい。何故貴方が・・・聖玉のスカウトがわざわざ俺たちを・・・」

理事「簡単だ、お前等は十分うちでやっていける素質を持った選手だ・・・、シニアなど、基準が高ければ、高いほどそう言った才能は測りやすいが、お前等の軟式の試合で、そのような才能を見分けるのは非常に困難だ。。だから我等、聖玉は、毎年、即戦力担当と、原石発掘の担当のスカウトに分かれて、新戦力の発掘の為、様々な場所にスパイが送り込まれるだの」

堂上「だから、戦力になる可能性が無い奴は切った・・・」

理事「どうだ。雑魚に用は無い。あとは、俺は残った数名の中から選りすぐりの選手を集めて聖玉にスカウトするだけだ・・・・」

堂上「そういうことだったか・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

堂上は、冷や汗をいっぱいにかきながら、苦笑いを浮かべて理事に言う。

 

 

 

 

堂上「いいのかな?俺たちにそんなこと話してよぉ・・・」

 

 

 

 

堂上は精一杯、強がって、相手を威圧して見せたが、全く効果は無い。

理事は、再び冷静に立ち上がって、堂上にこう言い放った。

 

 

 

 

 

 

理事「先ほども言ったが、お前等のようなガキがいくらほざいても、世間は信用せんだろう。それに、万一この情報が外部に漏れるようなことがあったら、お前等の進学を即刻取り消させてもらう」

 

 

 

 

 

 

一見冷静だったが、なんとも凍えるような冷たさが胸に吹きつけてくるような言葉だ。

周りを犠牲にして・・・こんなにまでしても・・・、聖玉に入りたくは無い・・・・。

しかし、聖玉に入りさえすれば・・・、自分達は、あわよくばプロの道も見えてくる。

 

 

 

 

理事「このまま聖玉に入らなければ、お前等如きが、他の名門にスカウトされる可能性など皆無だ、才能はあっても、それを評価してくれるものがいなければ、何の価値も無い・・・・」

 

 

 

 

再び理事は、彼等の良心を促すような事を唱え始める・・・・

 

家庭の経済的理由で、止む終えずシニア、ボーイズを断念せざる得なかった彼等にとって。

名門に飛び込むことは、再び少年時代の夢を取り返せるような気がするくらい、しびれる話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、悪魔は遂に・・・その‘夢‘に付け込んでしまった。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堂上「わかった・・・俺は・・・・聖玉に進学する・・・・」

秋山「俺も・・・・、もう俺に残されてる道はこれしかないようだし・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事「よく言った・・・・」

 

 

 

 

 

 

理事は、その言葉を聞き、不気味に微笑んだ。。

微笑みは、笑いに変わり、やがてそれは狂いとかわった・・・・。

何も無い、しんとした部屋に、理事の狂った笑い声だけが木霊する。。

 

 

 

 

 

堂上も秋山も・・・・

 

 

 

 

 

 

事実を知っておきながら・・・・なんの対処方法もとることが出来なかった・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

彼等はその後、部屋を出た後。何事も無かったかのように、練習に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、彼等はそれから、明るさを失った。。。

 

ただただ、目標に向かって、精進するだけ・・・・・。

 

そして数時間もたたないうちに、無意識のうちに、他の部員を完全に見下していた・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

そして・・・・そんな彼等の変化に気付くも・・・・。

 

 

 

 

誰も気にしてやれない・・・無残な環境が・・・・・・更に雰囲気を悪化させたのである・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事「ふふふ・・・完璧だ・・・・、私の計画は完璧だ・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自校の野球部の、歯車を狂わせ・・・狂ったように喜ぶ理事。。

 

 

 

そして、狂気に充ちた理事は最後に・・・誰もいない部屋でこう言い放った・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事「私の計画のために、犠牲になってもらおうか・・・鳥羽崎・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野球部と、第二野球部・・・・・。

 

 

お互いを刺激しあう歯車の噛み合せが・・・・・・

 

 

人工的に急激に狂い始めていた・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く