第26話『運命の決戦、前夜祭』

 

 

















 

 

 

 

 

小宮山「こんばんわーっす」

野上「遅くなりました・・・」

 

古橋「おい、遅いぞお前ら。終わったらすぐ来い言うたやないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

彼等が集まったこの場所は、練習場ではない。

ここは、どこにでもあるような、地元のファミレスである。

 

彼らは今日まで、やるべきことを全てやり終えて、決戦の前夜を迎えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

古橋「にしても、お前んとこの兄ちゃんが、ようあそこまで必死こいて放ってくれおったわ」

吉見「いや、単純にムキになっただけだと思う」

門倉「どちらにしても、あの球を半日漬けで打てるようになったのは、大きいぞ」

小宮山「浅間君ですら当るようになったもんね」

浅間「おい、このガキ!」

 

 

 

彼等の会話の中には、緊張感は無い。

初めて出会ったとき、新入生と在団生は正直バラバラだった。

天才素人に、マジメ、巨漢に、実力者が、かみ合わなかった第二野球部の歯車に食い込み。

 

 

 

やがてそれは大きな戦力となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今では、歯車を回す中軸を担うパーツとなっているのは間違いない事実だろう。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門倉「では、全員集まったところで。明日の試合のスタメンを発表する・・・」

 

 

盛り上がりを見せてきたところだったが、門倉の一言で彼らに緊張が走る。

注文したスープを届けにきた店員も、この豹変振りには少々驚きの表情を見せていた程だ。

 

 

 

 

 

 

 

門倉「スタメンは、吉見の兄貴と俺と古橋の3人で決めた。異論がある奴は言ってくれ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門倉の口から、さらさらとスタメン選手が言い渡される。

 

1番に3年、造反の騒ぎを起こすも、仲間に止められ、改めて自分達に秘められた可能性を感じ、戻ってきた遊撃手。嘉勢。

2番は道を誤り、不良少年だったが、野球と出会い。様々な面で変わり始めてきた、陰の努力家。左翼手浅間。

3番は第二野球部の創立者の一人。野球部の新チームの5番打者だった過去を持ち、因縁の相手に立ち向かうべく、誰よりも投げ込んできた野手投手。古橋。

4番は、技術に不安はあるも、その責任感と、打撃力で。ここまでチームの危機を幾度となく救ってきた中堅手。門倉。

5番には、過去の実績は謎だが、こちらに転向してきてからは本塁打王等の輝かしい実績を持つ、小さな巨砲、捕手。吉見壮真。

6番に、悩める巨砲で、仲間達との伸びの違いで、壁に衝突しながら投手として、一塁手として、様々な面でチームに貢献した長距離砲、一塁手。西郷。

7番は、努力家、練習の虫という言葉が似合い。堅実な守備と、小技で確実にチームの戦力になれる一年生。三塁手、野上。

8番には、奇跡的とも言える成長ぶりを見せ、なんと野球暦半年も経たないうちに、第二野球部のスタメンの座を奪い取った。天才少年、心配な事件もあったが、もう心配は無いだろう。二塁手。小宮山太一。

9番、ラストバッターには、裏方として選手として、唯一の2年生として、様々な面でチームに貢献した俊足右翼手、真上。

 

 

 

所々意外な表情を浮かべるも、文句一つ言わずに、スタメンを聞く。

そして、門倉の説明が終わったところで、嘉勢が意見を口にした。

 

 

 

嘉勢「この打線は、どういった意図で組み合わせたんだ?」

 

門倉「そうくるだろうと思って、ノートを持ってきた。集まれ・・」

 

 

 

 

 

 

 

第二野球部の畑中を除く全ての選手が、門倉の座っている席に密集する。

すると、門倉は次々に戦略を語り始める。。

 

 

 

門倉「まず、一番打者は長打はいらない。状況を冷静に判断し、なおかつ第二野球部内では高い打撃力を誇る嘉勢を据えた、異論は無いな・・・」

嘉勢「でも、俺、足遅いぞ。それじゃあ盗塁もへったくれもないだろ。」

門倉「その為に、わざわざ浅間を二番に置いたんじゃないか。。」

吉見「翔君が二番は・・・ちょっと不安過ぎやしない?」

浅間「自分で言うのも何だが、俺は何も考えずにかっとばすしか出来ないぞ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

嘉勢一番に関連している、浅間の二番に多くの異論が上がった。

しかし、門倉は冷静に。この作戦の意図について語りはじめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

門倉「浅間には思い切りのよさがある。足も遅いわけではない。それに、ちまちまおくって一死二塁にしたところで、やつらの危機感は与えられない・・・」

吉見「どういうこと?」

古橋「せやから、一死二塁ぽっちじゃあ、鳥羽崎の野郎は動じないし。得点できる可能性は薄いってことだ。せやさかい、二番に少しでも安打の期待ができる浅間を置いて、一番、二番。どこからでも出塁できて、上位に繋げる打線に仕上がんねんな。俺かて最初は反対やった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古橋の説明に、吉見も浅間本人も。そこにいた全員が納得した。

確かに、鳥羽崎の能力を考えると、送りとは言えアウト一つ捨てるのすら勿体無いと言えるだろう。

そして何より。クリーンナップが一枠広がったと考えてもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門倉「三番は、一番打撃力の良い古橋だ」

西郷「鳥羽崎さんの球をよく知っているのは、古橋さんだけですからね・・・」

古橋「あぁ・・・ここで俺が打てば、後に続く奴らも楽になるやろな・・、4番門倉。。」

 

 

古橋がボソリと門倉に振ると、門倉はゴホンと照れながら咳払いをした。

 

 

古橋「自分で言うのも何やろ、俺が説明したるわ。4番は門倉や。でもはっきり言うて俺や壮真に比べたら実力不足や。せやけどコイツには、誰にも負けへんハートがある。責任感がある。俺や壮真はコイツのように自分を犠牲にしてチームを引っ張ることはできへんのや。なぁ壮真」

吉見「んー、まぁ残念だけどそうっすね。。」

 

 

 

吉見が‘認めたくないけど・・‘みたいな生意気な茶目っ気を利かせて門倉を見る。

幼く、可愛らしさすらうかがえる瞳から感じた強い意志を受け、門倉は口を開く。

 

 

 

門倉「今、古橋が言ったとおり。実力不足かもしれない。だが、俺は絶対に野球部の為に、この大役をこなしてみせるつもりだ・・・」

 

 

 

門倉が、そう言うと、自然と拍手が沸き起こった。

そして、浅間が指笛をピーと鳴らした後に、テンションを上げて言った。

 

 

 

浅間「んー、いいねぇ、門倉。それでこそ我が主砲だぜ。」

野上「あ・・・浅間先輩。お酒飲んでませんよね?・・・・」

浅間「俺はなぁ。ジュースでも酔えんだよ!」

野上「・・・・・・」

 

 

しばらく、浅間を躍らせた後。門倉は気を取り直して話を続ける。

しかし、門倉が話し始めようとした所、古橋がそれを制し、先に話し始めた。

 

 

 

 

古橋「壮真。5番はお前だ。奴らの意標を付く。と言う意味合いもあるけどな・・・なによりな・・」

 

 

 

 

と、言うと古橋は吉見の小さな肩にポンと手を当てた。

 

 

 

古橋「お前は凄い奴や・・・お前の野球センスには、俺も完全に劣ってんねん・・、あと数ヶ月もしてみぃ、お前は完全に俺の上をおる存在になんねん。認めたくは無いねんな、悔しいでホンマに・・・」

 

 

 

 

古橋の表情は、言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな表情で語った。

認めたくは無かったが、自分を超えうる才能の持ち主の頭角が、素直に素晴らしいと思えた。

そして何より、今まで見たことの無いプレイスタイルに、純粋に惚れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

古橋は後輩として、1選手として彼を、心底認めたのであろう。。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、門倉の説明は、更に続く。。

 

 

門倉「これで、クリーンナップに絶対的な爆発力を持った。しかし俺を含め古橋や吉見は一癖も二癖もある打者だ。そんな訳だから西郷。お前を俺達の後に据えた」

古橋「前にも言うたろ。お前の打撃は完成しつつあるんや。確実性なら誰にも劣らん」

西郷「あ・・・はい。」

門倉「7番の野上はわかってるだろうが、最後の砦だ。スクイズでもなんでも決めて、意地でも一点を取りに行くために据えた、下位からでもお前が出れば最低上位に打順が回る」

野上「が・・・頑張りますっ!」

門倉「小宮山と真上は、足を生かせ。鳥羽崎の球を打つのは、まだお前等には厳しい。だからこそ無駄な球には手を出すな。当てればエラーもある、粘れば四球もある・・・」

真上「は・・・はい」

小宮山「ちぇ・・・なんか嘗められてるし・・・」

 

 

 

 

 

門倉が、9番までの説明を終え、ノートを閉じると。

自然と全員が、自分の席に戻り始める。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門倉「これで一通りの解説は終わった。みんな、明日はこのメンバーでいいか?」

 

 

 

 

 

 

 

これが、ミーティング最後の一言だ・・・・。

 

 

異論を唱える物はおらず、皆はその後自らの決意や意気込み、目標や狙いを語り合い。

 

 

決戦前夜の最高の夜を過ごすことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが・・・そんな中、心の奥底に、何かひっかかるものを抱えた者がいる。。

 

 

 

 

小宮山だった・・・・。

 

 

 

 

何故か、彼は試合が近づくにつれ、急激な成長を遂げると共に。

意識が所々、飛んでしまうような気がしてならなかった。

時々、自分でない何かが・・・自分の身体を操っているような、そんな不思議な気持ちに・・・・

 

 

そして、この時も感じた・・・・

 

 

自分の脳波の奥のほうに、炎に焼かれる自分の姿が・・・。

今現実に、元気に存在している父の姿が・・・。

 

そして・・・・、あやふやだが、その脳裏の奥にわずかに、自分に似ている対照的な少年。。

 

どこか・・・見たことのあるような、無いような。

不思議な気持ちだった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、‘記憶‘でないはずの自分の‘記憶‘は・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が経つごとに・・・蘇って来る・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合当日まで・・・あと、4時間・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く