第35話『奇跡と言う名の必然』

































6回表、無死ランナー無し

先攻 野球部4−2第二野球部 後攻











マウンド上の古橋は、既に満身創痍だった。

前回の安打、走塁。そしてなによりここまでの球数と、異常なまでの雰囲気、重圧。









野球部の打順は6番のセカンド鎌戸からだった。

鎌戸は、古橋のキレの悪くなったカーブを叩き三塁線へ。

間一髪野上が横っ飛びで打球を掴みアウトだったが、キレの劣化はもはや誤魔化せない。



野球部打線では、比較的非力な7番生田も、あわや本塁打の大飛球を放つ始末。

投手古橋だけでなく、捕手の吉見も一杯一杯だった。



















そして・・・与えてはいけない追加点。

既に絶望的とも言えるこの状況を更に悪化させる点を野球部に与えてしまった。。



















球威が落ち、変化球に頼った時にありがちな。コントロールミス。

いわゆる失投を、8番鞘元は見逃さなかった。。

















下位打線で唯一一発のある選手、鞘元銘示に試合を決定付けると言っても過言で無いほどの本塁打を浴びてしまった。。



















誰もが、僅かに残されていた希望を、失いかけた。。

古橋が、門倉が、嘉勢が。おのおのの表現で、悔しさをあらわにした。



相手の9番打者、垣本を打ち取り3アウトチェンジ。

しかし、その時もう既に彼等に覇気はなかった。。

















古橋「スマン、皆。俺のせいで、まけてまう・・・。」

















古橋は、ベンチに戻ってきて。涙ながらに呟いた。

門倉も、嘉勢も、浅間ですら。声を上げることはできなかった。



悔し涙は、瞼のすぐ奥まで上昇している。。



もはや、言葉を発することすら。彼には出来なかった。。

















吉見「諦めちゃったんすか?先輩方?」







ふと、そんな重苦しい空気の中。軽々しい口調で吉見が声を上げる。





吉見「諦めるのは、ちゃんと状況を把握してからにしてよね。こっちは必死なんだから・・・」





皮肉をたっぷり含んだ、言葉を残し、吉見は打席に向かっていく。

ただ、その言葉に、含まれていた原子は‘皮肉‘だけではない。。

彼は彼なりに、どんな劣勢でも試合終了まで残される僅かな可能性の道標を辿っていた。



















そして、そのほんの数十秒後。





グラウンドには、快音が響き渡っていた。。



















古橋「っ!!」

門倉「!!」

浅間「・・・・・・野郎」











気づいた時は、既に吉見は一塁ベースを回っていた。



この打席、吉見は、追い込まれるまでじっくり球を見極めた。

見極めた上で、追い込まれてから、すかさずストライクを果敢に狙った。

原点に戻ったセオリー通りの打撃が、鳥羽崎を苦しめた。。





吉見は気付いていた。鳥羽崎の異変に。。

具体的ではないにせよ。彼の体に何かしらの‘異常‘が見られることを。。



そして、そこに漬け込むべく‘策‘も既に実行されていたのだ。















吉見「武藤さん・・・」

武藤「・・・・・・・」





吉見がバッティンググローブを外し、一塁コーチャーの武藤に話し掛ける。

野球部は、例によって鞘元を中心に内野陣がマウンドに集まる。





吉見「・・・多分、アイツ・・・・肘か肩。やってますよ」

武藤「鳥羽崎か・・・・・」

吉見「はい。リリースも初回と比べて落ちてきてるし。溜めも利いてない。アレはスタミナとかの問題じゃなくて・・・、日常的な練習からくる疲労だと思うけど・・・」

武藤「・・・・・・・」







武藤が無言のまま頷くと、吉見は表情を歪ませながら言った。。

















吉見「原因は明確だよ。あの異常に曲がるシュート。。誰が教えたんだか知らないけど・・・あんなの・・・中学生に教える球じゃない・・・・。」

















潰れるぞ・・・・・・。

















その後、予想通り、鳥羽崎は制球に苦しんだ。。



決め球が投じられないとなると、決め球はどうしても普通の球をコーナーにつくことになる。



そうなってくれば、カウント稼ぎにも影響するし。

追い込むまでに、無駄なボールが増えてくる。。

ボールが先行すれば、どうしてもストライクを取らざる得なくなる。



すると自然にボールは中に入ってくる・・・・。















西郷が繋ぎ・・・野上が送った。。













その頃には既に、先ほどまで黙り込んでいた3年が再び覇気を取り戻していた。

吉見の一打が、チーム全体に覇気を取り戻したのだ





















門倉「まさか・・・逆に奴等に尻を叩かれるとはな・・・」

古橋「ああ。せやな。奇跡は起きるもん違う。人が起こすもんや・・・ってとこやな・・・せやけど」 



















古橋が唾を飲み。顔を顰めて呟いた・・・。


















古橋「どないなってもうたんや・・・・鳥羽崎・・・・・・」



この時、古橋の目に映った、マウンド上の鳥羽崎は、完璧を誇る、自分等の最大の好敵手ではなく

自らとった、諸刃の剣により、自我を失っていく獣でしかなかった。。















そして・・・・















主審「ボール。ファーボール」





その刹那。審判の右手が横に流れる。

小柄で選球眼が良い小宮山が絶妙な球を見送って四球を選ぶ。



マウンド上の鳥羽崎はガクッと一歩前に倒れかける。







息使いは多少荒いが、この程度で鳥羽崎がバテるとは思えない。

恋女房の鞘元は、この異変に本格的に気付き始めて来た。



鳥羽崎がボールを受ける構えに入るが、鞘元は投げない。

自らマウンドに歩み寄り、内野手を集める。

鳥羽崎は追い払おうと、グラブをはめた右手で空を薙ぎ払うが、鞘元は止まらない。





鞘元「肘か・・・・」





鞘元が小声で囁くと、鳥羽崎も小さく頷く。

ここで嘘を付いても無駄。

2年バッテリーを組んでいれば、相手の性格くらいは把握している。。





鳥羽崎「鞘元、黙っていろ。俺は降りない・・・」

堂上「でもよ・・・、秋の最後の大会は来週だぜ。こんな奴等相手に無理するこたぁねぇよ。。」



堂上が少し焦りの表情を浮かべて、静かに言い放つ。

他の内野手も後に続き、鳥羽崎を励まし、降板を薦める。

本番を控えて、怪我でもされたらたまったもんじゃない。。

















しかし、鳥羽崎は首を振った。





鳥羽崎「いや。大丈夫だ。たいした事は無い、あとアウト5個。なんとかなる」

桜場「で・・・でもよ。。来週どうするんだよ・・・・・」

鳥羽崎「大丈夫だ。来週も投げるだから心配するな。。」

鞘元「・・・・・・」















野球部は再び守備位置に散った。

鞘元も鳥羽崎の言葉を信じて、再びマスクをかぶる。





鳥羽崎「(正直危ない。。だが、絶対に負けられない。。これが運命だから・・・)」



















鳥羽崎は。9番武藤に代わって入った中浜を直球で三振に仕留めると。

尚も満塁のピンチで嘉勢に全身全霊を賭けて向かった。

今までに無いほどの気迫に圧倒された嘉勢は、シュートに詰まらされて外野フライに倒れる。









原因不明の肘痛に蝕まれ、満身創痍ながら気迫で投げ続ける鳥羽崎の前に

1死満塁のビックチャンスを生かしきれずに、最終回の攻防に移る。

それでも守備位置に散る第二野球部は、絶体絶命の劣勢の中、精一杯声を出して自らを励まし合った。















気付けば両者、試合前のいざこざ、確執など十に忘れ

勝利と言う二文字を純粋に追い求めていた・・・・。



















しかし、そんな彼等の背後で、不気味な薄ら笑いを浮かべる者がいた。。















理事「鳥羽崎も・・・これまでか・・・・・」















これまで、試合の展開をただ黙ってベンチの奥から眺めていた。黒服の男。





城彩の理事長・・・、そして真は聖玉の回し者である。



















榊原だった。。

















続く