第37話『strong heart』






























9回裏 一死ランナー無し

先攻 野球部5−2第二野球部 後攻

















試合は遂に最終回にさしかかる

ここまで、幾多の攻防を繰り広げてきた、運命の試合も。

残すところあと、アウト二つとなっていた。



3点差、一死ランナーなしだが、打順はここからクリーンナップ

鳥羽崎も封印しつづけてきた‘折れるシュート‘と解禁するも、その肘にかかる負担と疲労が身体にきているのはあからさまだ。

まだ、諦める点差ではない。

相手だって満身創痍。ずっと鳥羽崎一人に頼ってきた野球部には、このあとの場面を任せられるほどの投手はいないはず。

だから、ランナーをなんとか溜める、一人一人が出塁して、チャンスを繋ぐ。







諦めない限り、可能性という光は灯り続ける。

張った帆が落ちるまで、俺たちは諦めない・・・。




















主審「ボールファー!」




鳥羽崎「・・・・・っ!」

古橋「・・・・どないしたん。せっかくのええ球も入らん限りは意味ないで!」

鞘元「くそっ・・・・」




野球部バッテリーは、点差以上に追い込まれている。

打席に立った古橋も、鳥羽崎の異変に気付き、なるべく際どいボールを見るように心掛けた。

惜しい球も何度か来たが、折れるシュートはどうやら制球が不十分らしい。。

それでも鳥羽崎は冷や汗をかき、歯を食いしばり、痛みに耐えてひたすら投げつづける。。





鞘元「大丈夫だ、鳥羽崎。コイツはシュート抜きでも打ち取れる・・・」





鞘元がマウンドに歩み寄る。

目線の先には、第二野球部の4番の門倉が二、三度バットを振って打席に入りかけていた。

鳥羽崎の歪んだ表情が僅かに緩んだ。





鞘元「コイツは、間違わなければ怖くない。何故なら、低めに致命的なほど弱いからな・・・」





門倉の弱点を知り尽くしたバッテリーは、半ば安堵の表情を浮かべて各位置に戻る。

内野手も、併殺体制に入り、外野も僅かに左翼側に寄る。




打席に入った、4番門倉は彼らの僅かな表情の緩みを見逃さなかった。












舐めてやがる・・・・

完全に・・・・








門倉はそれを察すと、いつも以上に大きく構え、僅かに震える足をしっかり固定する。

ベンチから聞こえる、悲鳴に近い歓声と、相手ベンチからの罵声を全身で受け止め、威風堂々と4番の風格を漂わせる。



門倉「さぁきやがれ・・・・、鳥羽崎。」

鞘元「(なんと言おうと低めだ・・・・!鳥羽崎!!)」



鳥羽崎の初球は、鞘元の丁度ミットに収まった。

多少コースは甘く、球威も初回とは比べ物にならないほど落ちている。



しかし、それでも門倉のバットは勢い良く空を切る。



物凄い音をたてたバットが切り裂いたものは、ボールではなく虚無



これが本当の意味での‘気合の空回り‘なのだろう。。

洒落てる場面ではなかろうに・・・。





二球目、鳥羽崎の投じた球は、再び同じコースに決まる。

しかし、門倉のバットは再び虚無を叩き、虚しい音を辺りに響かせるばかり。

主審が無情に手を天に高々と掲げる。

これで追い込まれた、自分に残されたチャンスは。あと一球。





門倉「(あの時もそうだった・・・何故俺は・・・・低い球が打てないんだ・・・・)」





門倉は、今になって、低めが苦手な自分に対し、自己嫌悪に陥っていた。。





3年前、地区の少年野球の順位決定戦、サヨナラのチャンスで三振したのも低めの直球

野球部在籍中に、たった一打席与えられたチャンスも低めの直球で三振





門倉「何故なんだ・・・何故練習しても打てない・・・・」





鳥羽崎の表情が緩んだ・・・僅かに白い歯が見えた・・・。

屈辱・・・、4番でありながら、相手に舐められるという失態・・・。

奇跡でも言い、天変地異でも何でもいいから当たってくれ・・・。










吉見「門倉さん・・・、冗談でもいいから打ってくれよ・・・」

西郷「でも、何故門倉さんは、低めに大してあんなに弱いんだ?」

吉見「さぁ・・・武藤さん?わかります?」

武藤「恐らく、奴は‘点‘でボールを追っているからだ。」

吉見「点?・・・・ってなんすか?」

武藤「ボールの軌道だ。普通の選手は軌道を‘線‘にして予想しているが、奴の場合は一定期間の移動を予想して、軌道の中間地点を‘点‘として捉えている」

西郷「それと低めの苦手なことと関係があるんですか?」

武藤「ああ。低めの場合、先にも述べたが‘目線‘から遠い。人間は一般的に目線から遠ければ遠いほど捉える力は弱くなるから、その点がぶれる可能性が高い。高めの場合はある程度予想点ではなく、肉眼で捉える能力が働くから、ある程度の力で長打を放つことは可能だ・・・」

吉見「ってことは、ボールを線で捉えろって言えばいいんじゃない?」

武藤「無駄だ。それは人間の感覚の問題。一言で治るものではない」

吉見「と、なると・・・可能性は薄いな・・・でもまだわからないよ・・・門倉さんだって、まだ諦めちゃいないさ。奇跡でも何でも、信じなきゃ起こんねーせ」





西郷「!?」













カキーン
















刹那、湿った音が響き渡る



一瞬鳥羽崎もハッとしたが、打球はレフトに大きく切れていく。

鳥羽崎の球が外角高めに抜ける。

抜けて、明らかにボールの球だったが、門倉は打ちに行った。

高めには滅法強い。だから多少のボールも打てる自信はある。




しかし、あのような球を引っ張って、安打になる可能性はほぼ無に等しい。




だが、門倉には意地がある。

低めが打てなくても、ボールにあたらなくても。今は打てれば良い。

吉見が叫ぶ、西郷も声援を送る、武藤も浅間も。一塁から古橋も声援を送る。









門倉「原点に戻れ・・・・、ボールを見れば、当たらないことなどないはずだ!」










鳥羽崎に同じミスは無い。 

門倉の目線から、鳥羽崎の投じる球が確かに一直線に自分の足元に向かうのがわかった。



ストライクなのは間違いない。

だが、当たる自信など殆どない。。




でも・・・・何もせずに見送るよりは、振って三振した方がマシだ。




当たれ!当たれ!!


ひたすら強い気持ちで、自分の目線で捕らえた一直線の光の光線の先を叩き付ける。









光の光線。。









それは、門倉の打席内で見た。初めての球道・・・・。














門倉「みえたっ!!!」














カキーン















鞘元「何だとっ!!」
















打球は快音を残して、センターの前に転がった。

決して厳しいコースではなかった。

しかし、門倉が鬼門としていた、低めの球をいとも簡単に打ち返した。



盛り上がる第二野球部ベンチ

3点差で一死から古橋が四球、門倉が安打で繋ぎチャンスを繋ぐ。

ただ、この安打の意味するものは大きい。

4番の門倉が、自分の低めに対する‘逃げ‘の心を捨て、打ちに行った。




‘繋ぎ‘への強い気持ちが、よりボールに対する集中力を生み。

今まで途切れていたボールの‘線‘がくっきりと彼の眼差しに移ったのだろう。






そして、その強い気持ちは、後続の打者に確実と受け継がれていく。






5番の吉見は、鳥羽崎の球威のないストレートを弾き返し、今日三本目の安打を記録。

古橋は、疲労と点差を考慮して三塁に留まったが一死満塁。

外野を割れば一打同点、フェンスを越えれば逆転と言う状況まで追い詰めた。。















ここで向かえる打者は6番ファーストの西郷ーーーーーーー
















鳥羽崎「鞘元。俺は奴等をいささか甘く見すぎていた・・・」

鞘元「鳥羽崎?」

鳥羽崎「肘が痛いなど、抜かしてられない。奴等を叩きのめす、本気で・・・」







そして、鳥羽崎の口から、搾り出すように言葉が発される。。

なんとも苦しく・・・痛々しい・・・・言葉が。。




鳥羽崎「シュート解禁だ。浅間に投げたあのシュートでしか、こいつらはもう打ち取れない・・・」




いつも、冷静で一歩先を見据えている鳥羽崎が、ここまで勝利に拘っている。

負けず嫌いな性格は理解しているつもりだが、こんな練習試合に何もここまでしなくても・・・・。

来週からは秋季大会、鳥羽崎が投げられなければ勝機は皆無。

だが、今の鳥羽崎本人は、目先の相手を潰すことだけを目標に投げている・・・。



一体何故なんだ・・・・鞘元には、到底理解できなかった。



鞘元だけではない、堂上も秋山も・・・野球部の誰もが、鳥羽崎の心中を理解していない。。



ここで、俺が無理にでも降板させるべきだ。



遂にそう思い始めた鞘元が、鳥羽崎に問いかけようとする・・・。












鞘元「…………っ!」












しかし、鞘元はきり出す事ができなかった。。



風前の灯火とも言えるほど、微かなものなのだろうが・・・・

鳥羽崎の目に、今までにない何かが宿っていた・・・・



恐らくそれは、今まで彼には無かったもの・・・・。



先ほど、追い込まれた門倉が発揮した力。いや、それ以上それ以下の何か・・・・。


確かな形は定かではない・・・・だが、ただ今彼が感じたのは一つ・・・・。


‘強い気持ち‘あるいは、闘志の類いにあたるものなのだろう。。。





うぐいすのマネージャーが、西郷の名前をコールしたときは既に、鞘元はマスクをかぶっていた。

鳥羽崎から発される、熱い・・・何かを感じ取って、それに便乗するように胸が熱くなった。。

何か、懐かしいとも言えるこの感じ。ここ数年感じなかった胸の鼓動・・・。


















鞘元「本当の戦いは・・・・これからだ・・・・・・!」










7回裏 一死満塁

先攻 野球部5−2第二野球部 後攻




続く