第38話『全てはこの瞬間のために・・・』

































7回裏 一死満塁

先攻 野球部5−2第二野球部 後攻















試合開始から、約2時間が過ぎようとしていた。

秋晴れの暖かさはすっかり失せ、照りつける太陽を雲が覆うように隠し、光を奪う。

空は暗く、空気も湿っぽくなって、雨天の気配すら漂わせてきた。。






浅間「こりゃあ、一雨来そうだ・・・延長に入ったら凄ぇことになるぜ・・・きっと・・・」

武藤「恐らく、古橋も限界。同点で延長はほぼ負けに等しい・・・」

小宮山「あっちのベンチは出そうと思えばいっぱいピッチャーいるんだろ」

嘉勢「ああ・・・だから、西郷の打席がこの試合一番鍵だ・・・」







そうこうしているうちに、西郷はカウント1−2バッティングカウントまで状況を進めていた。

鳥羽崎も苦しいが、西郷も打ち損じは出来ない。

後続は、野上、小宮山、中浜

安打や失策出塁はあっても、間違っても長打は無い。

3人が3人、必死こいて繋いでも、3点止まり・・・4連打はあまりに可能性が低い。




長打のある自分が、甘い球に絞って、外野を破る。

そうすれば、バントの堅実な野上。反射神経に長ける小宮山とスクイズや内野安打でのサヨナラの可能性だって出てくる。




シュートは諸刃の剣。三球に一球、必ず抜ける時が来る。

打席に入る前に武藤に耳打ちされた言葉を思い出して、狙い球を絞る。







主審「ボール!」








主審が三度目のボールを宣告する。

西郷は折れるシュートに手が出なかったが、運良く僅かにコースが外れてくれた。

この宣告を聞き、対照的な両者。

苦虫を噛み締めたような鳥羽崎に、淡々と平常心を保つ西郷。






その時、ライトの秋山が僅かにライト線に寄る。

既に一塁生田、三塁堂上共に線上を締めた、長打警戒の守備シフトを取っている。




となると、狙いは内側の外寄り、真ん中近めの抜け球。

それを思い切って引っ張れば、無人の右中間を抜ける。

左対左の対決、クロスファイアーを引きつけて引っ張るのも球威がなければ難しくは無い。




今までの練習の日々が脳裏を過ぎる。

一塁からの吉見の声が、耳の奥に木霊する・・・・。



吉見に対し抱いた、嫉妬心。



そして、素直に心中を明かすことのできる先輩との出会い。

アドバイスをくれた先輩も共に笑い合える仲間もいた。

苦しい時もあった、上達しない罪悪感が募った日々もあった。




しかし、今。それら全てを出しきるべき晴舞台。

光が当たらぬ晴舞台で、彼は・・・・試合二日前の古橋の言葉を思い出した・・・・。
























古橋「せやけど、お前は型にはまる選手やない、俺と違って、生き残る方法がまだある・・・」

西郷「それは・・・どういうことですか?」

古橋「お前は壮真を超える才能を持っている・・・。だけど、リスクは大きいで。どれでも挑戦するか?」

西郷「・・・・・・・・・」





二日前、吉見に対する劣等感から相談に踏み切った西郷は、古橋から助言を受ける。

‘リスクは大きい‘との宣告に構う事無く、彼は古橋の言葉に頷いた。

自分もまだ、戦えるなら・・・・このチームの、戦力として・・・・。





古橋「ええか?お前は野手に向いてへんねん」

西郷「野手に向いていない?」

古橋「そうや、お前は俺が見た限り投手の方が実力が発揮できる思う」

西郷「で、でも俺は投手もやってますけど。野手が本業でずっと一塁を守ってきたんですよ」

古橋「それで現にお前は伸び悩んどるやろ。本来ならその壁が打開できればまた伸び時期が来るんやろうけどな、天才と呼ばれる奴に追いつくにはそれだけでは不十分なんや・・・せやけど、お前の投球には、何かがある。お前にしかない何かが・・・な。それがなんやかは俺にはさっぱりわからへんけど、もしかしたら俺の感じた何かが、お前の才能かもしれへん・・・、根拠はあらへんけど、いまから投手に転向せーへんか?」



突然の申し出に正直戸惑った。

古橋自身も、己は投手に向いていないことを悟っている故に感じた事かも知れない。

しかし、このまま伸び悩んでても、正直壁が打開できるかどうかもわからない。。

リスクは覚悟。一度選んだら戻れない。

心の奥底で、やってみたいと言う気持ちと失敗した時のリスクが交互に込みあがってくる。




そして西郷は、困り果てて、こう口にした。




西郷「どうして、そんなことが・・・・」

古橋「俺の目も節穴やない。見ればわかるで・・・・」



再び静寂が走る・・・・

数分後、西郷が悩み抜いた結果を口にする。



西郷「まだ自分には、野手としての可能性も残されています・・・、それは自負できます・・・でも。高みを目指すに、四の五のいってらない・・・、この答えは・・・まだ出せません。じっくり考えて、それで自分自身納得できるようになったら、答えを出そうと思います・・・・」

古橋「それがええ・・・・お前は、壮真に無い何かでっかいものを持っている、一生懸命それを地道に磨きつづければ、いつか必ず超えることだってできるし。でっかいプレイヤーになれる」

西郷「・・・・本当、すか?」

古橋「ああ、俺が保証したる・・・・」























投手転向・・・・





正直、驚きと言うよりは屈辱の感情もあった。

遠まわしに、自分の野手の才能を否定された気がしたから・・・・

まだ、自分には野手としての可能性も残っている。

残っているのならば、この場面。打って見せて証明しようじゃないか。。




三塁ランナーの助言を与えてくれた当人、エース古橋を歩いて返して

「お前はやっぱり野手がええで!」と言わせて見せよう。。

そして、何より、試合が終わった後、みんなで笑い合えるように・・・・

このメンバーで再び、野球ができるように・・・・・





















絶対に・・・・・打つ・・・・!!






















カキーン























西郷「っ!!」



振りぬいた会心の辺りは、一塁手生田の頭上を超えてグングン伸びていく。

二塁、一塁ランナーはハーウエーの位置で、打球の落下を待つ。

三塁ランナー古橋は、ベースに付いて、一応はタッチアップの構えを見せる。















しかし、打球の陰に一筋の陰が、横切った。

















一閃し、グングン伸び続ける打球を、皮一枚挟んで人間の手が阻む。




















塁審が右手を高々と上げた。




完全な長打コースを、ライト秋山が脅威の反射神経で止めた。。




そして再びノーバウンドでの本塁送球で一点すら与えてくれなかった。

三塁に釘付けになった古橋は、表情を歪ませながらライトの秋山を見て、何かを言っていた。










真上「秋山の奴、今、打った瞬間走ってたよ。まるで、西郷の打球が何処に飛ぶかかわってたみいな感じで・・・」

武藤「ある程度、バッテリーの計算もあるだろう。秋山をライト線に寄せて、抜けたふりをして緩い球をインコースに投げる。西郷が予想以上の力で、長打コースに持っていったが、それも想定の範囲内だったってことだろう・・・」




冷静な武藤も、焦りを隠せない。

遂にツーアウト。後がなくなった第二野球部。



西郷は自らの未熟さと、無力さに狩られ感情を剥き出しにバットを叩き付け叫んだ。



西郷「すまない・・・みんな・・・・俺が無力だった・・・・」

野上「まだ・・・負けた訳じゃないよ。俺が・・・絶対・・・とは言えないけど打って、繋ぐんだ・・・」



野上は精一杯強くバットを振った。

自分が繋いだところで一銭にもならない。。

ここは思い切って、長打を狙うしかない。。




第二野球部内では、役割を意識し、繋ぎの打撃を重点的に練習してきた為か過小評価だが。

長打力にはそれなりに自信がある・・・・。




野上「(古橋さんが、諦めずに投げつづけて試合を作った。門倉さんが苦手な球を気迫で打った、浅間さんも嘉勢さんも武藤さんも自分の役割を果たした。太一も守備で古橋さんを助けたし、西郷も打った。壮真に関しては猛打賞・・・それなのに・・・・俺は・・・・・俺は・・・・)」




野上は、これまでの皆の雄姿を回想し、誓った。




野上「ここで打たなきゃ、男じゃないよな・・・・」



バットを強く握りしめて、若干オープンスタンス気味のおなじみの構えで構える。

満塁の走者で埋め尽くされた塁を見て、闘争心を燃やす。。


















しかし、そんな野上を相手にとった野球部の作戦は無情だった・・・・・。





















鞘元「悪いがお前には歩いてもらう・・・」

野上「あっ!!」










手を伸ばしても、決して届きそうにない場所に投じられる白球。









二死満塁でとった野球部バッテリーの考え難い策

一体、どういう意図が。何故このような作戦をこの場面で取るのか到底理解に及ばない・・・。






野上「何で・・・こんな無意味な作戦を・・・・」

鞘元「俺もわからない・・・」

野上「・・・・・・」







結局。埋まった塁に歩く野上。

三塁ランナーの古橋は、悠々歩いて還って来るが、後味が悪い。

長打力の可能性で言ったら、野上の方が遥かに高いが、何も歩かせる程ではない。

何故鳥羽崎は、野上を嫌ったのか。いや、次打者小宮山を好んだのか・・・。

それは、本人以外に理解できるものは存在しない・・・・。




最初に逢った時、感じた不思議な気持ち。

小宮山は、あの時と同じ、気持ちで胸が一杯だった。。




しかし、今は四の五の言っている暇ではない。

お互い結果だけが要求される、真剣勝負のこの局面。




勝つか、負けるか・・・・

食うか、食われるか・・・・




表向きには決して見えないような、駆け引きの結果。






















全てはこの場面の為に・・・・・全てはこの瞬間の為に・・・・






















『8番、セカンド、小宮山君』






















鳥羽崎「勝負だ・・・・、実在した、俺のたった一人の肉親・・・・我が実弟、小宮山太一!」
































7回裏 二死満塁

先攻 野球部5−3第二野球部 後攻









続く