第39話『決着・・・歓喜、絶望、そして・・・かたちなき過去』
































9回裏 二死満塁

先攻 野球部5−3第二野球部


















それは、ほんの3分ほど前の出来事だった。。

内野陣が乱調の鳥羽崎の見舞いにマウンドに歩み寄った時だった




鞘元「おい、あの7番打者を敬遠だって!!?」

堂上「鳥羽崎、そいつは狂言ってもんだぜ。お前疲れて頭が逝っちまってるんだよ」

鞘元「ちょ・・・ちょっと意味は違うけど、あの7番を敬遠!?何で・・・」




賛同の声が一度も上がらぬまま、批判ばかりを一斉に受ける。。

確かに、野上には僅かに長打の可能性が秘められているとは言え、極めて薄い。

4年に一度。それこそ閏年に打つか、打たないかくらいの低確率、高倍率だ。




だが、鳥羽崎は譲らなかった。




鳥羽崎「次の打者、小宮山。。あれは俺が、芽を潰しておく義務がある・・・」

堂上「おい、どういうことだ?」

鳥羽崎「今言えるのは、血が繋がった親族だと言う事だけ、それ以上は何も言えん」

鞘元「・・・・・・・」



悲壮な決意を胸に秘め、最後の力を振り絞る鳥羽崎。

そして、何やらただならぬ程の事情が間に存在しそうだ・・・・。

ここまで、野球部は鳥羽崎に支えられ、成り立ってきたようなものだ・・・・

今ここで、鳥羽崎に誰が意見できよう・・・・。



鞘元「わかった・・・・お前等の事情に口を突っ込むつもりはさらさらない。とにかく勝つぞ」

鳥羽崎「ああ・・・・・」


















こうして、彼らの打ち合わせ通り、野上は一塁に無料で歩くことが出来た。

尚も二死満塁、2点差。打者は8番小宮山。




鳥羽崎「二度と逢う事は無いと思っていたが、こうしてまた対峙することができるとはな・・・」

小宮山「よくわっかんねぇけど。容赦しねぇぞ・・・・」




鳥羽崎が、一瞬クスリと不敵な笑みを浮かべて目を細めて小宮山を睨む。

小宮山も、大きく見開いた瞳で、精一杯強く鳥羽崎を見つめ返す。



彼等の間には、彼らにしか見えない特別な何かが存在した。

決して、近づくことの出来ない・・・

選ばれた者だけが、触ることの許される栄光とは違い。

幾多の苦難を乗り越え、その先にある光ともまた違った。

冷たくもなく、暖かくも無い・・・・。

冷め切った鳥羽崎の瞳に、小宮山が炎を注ぐ。

遂になる二人が、対峙し、ぶつかり合い、そして中和する・・・。



















そこにあるのは・・・・・・




勝者と敗者・・・・・




たったふたつ・・・・




白と黒・・・・・




光と闇・・・・




明と暗・・・・




多数の類義語が存在するが、実際にはただ一つしかない、たった一つの結果・・・・


















先に追い込まれたのは、炎だった。

一度、溶けかけた氷は、再び凝り固まり、最後の力で目の前に燃えさかる火炎を消火する。。

しかし、火炎は消えず・・・・、小さな灯火の炎を強く保ちつづけている





カウントは2−3だが、投球は実に12球目を裕に越えようとしている。





鳥羽崎ももはや、小宮山を三振に打ち取る術は無い。

ただ、一つ。禁断のカードである‘シュート‘を除いては・・・・。

そしてまた小宮山は、その禁じ手に狙いを定めていた・・・。

一球、一球最後まで見極めて、鞘元のミットに収まる寸前まで引きつけカットする。

シュートはそこから曲がるから・・・・、いや、折れるから・・・・・。




ここまでのファールは全て、バットの根の部分、バッテリーもシュート狙いには気付いている。




しかし、どちらも勝負に出ようとはしない。。




小宮山も、狙いを変えたところにシュートがきたらアウトだし。

シュート以外の球を打ち返す自信も無い・・・。

シュートが打てるのに、何故他の球が打つ自信は無いのか・・・・。

それが、小宮山の不可思議なところなのだが・・・・。




鳥羽崎も鳥羽崎で、勝負に踏み切れなかった・・・。

シュートが狙われている、しかし他の球は一向に打つ気配を見せてこない。

自分がストライクに投げさえすれば、小宮山は粘ることすら出来ないし。

相手も人間、いつか必ず集中力を途切らせて、空振る時が来る・・・・。

しかし、自分だって人間だ。ストライクに投げられなかったら・・・・・。

それに目の前の打者は、一球単位で成長している・・・。




お互いににらみ合いが続いた・・・・・




球数が20を超えたあたり、鳥羽崎のボールが先に抜けた・・・・。

高めに大きく抜けた球、見送れば四球だ・・・・。

















カキッ
















鳥羽崎「・・・・・・・!!!」




鳥羽崎が、細い目をカッと開いて、小宮山を見つめる。

先ほどまでとは違う、蒼い瞳が、白く濁る・・・。

闘争本能の半分が、明後日の方向に飛んだような・・・・、そんな瞳だ・・・。


























小宮山「勝負だ・・・・・、鳥羽崎零!!!」



鳥羽崎「・・・・・・・・!!!」
























鳥羽崎は悟った。もう逃げられない・・・・・。

これ以上球数を重ねても、この目の前の打者は打ち取れない・・・・。

だから・・・投げる。この肘がどうなろうと・・・・。

例えココでぶっ壊れて、使い物にならない飾り物になろうと・・・・。


























球が・・・・・、外角に向かって鋭利に・・・・・・






















折れた・・・・・・






















小宮山は、限界まで引きつける。

引きつけて、引きつけて、限界まで引きつける・・・



足がもつれる、上げた右足を捻りながら支える、軸足となる左足が限界に来た。

自分の全体重を支えきれずに、自らが崩れそうになる・・・・

元々筋力のある方ではないが、それに伴って体重も軽い。

自分の上半身を支えられなくなったことなど、浅い野球経験だが、今までに一度も無い。



腕より先に、足が地面に付く。

もう既に振り子によって溜めた力の半分は解放してしまった。



しまったと言う表情を浮かべるも、何とかしなければならない・・・・

小宮山はあるのかないのか、あったとしても他人の10分の1あるかないかの脳みそを駆使して、どうすればよいか、自分に問い掛けた・・・・・

ふと、一筋の電流が、脳裏を駆け巡った・・・・・





下半身の力50%が逃げた・・・・

残る力は上半身の50%


しかし、元々非力の自分が、上半身の50%だけで打球を運べる可能性は極めて薄い。

相手の球も本気。粘ることすらできるかどうかわからない・・・・。







だが、小宮山はそれでも再び上体を捻る・・・・

それは無意識のうちに、捻られる・・・・




ふと、自分の中に、感じたことの無い力が宿った。

下半身の力は抜け、上半身の力が増大していく・・・・。

気付けば、限界まで捻り上げられた上体が、悲鳴をあげていた・・・・。




その時、自分が自分では無いような不思議な感じがした。

パワー溢れる、有り余る力に支配された自分の身体が、なんだか信じられない・・・・。









そして、開放した・・・・。

下半身を地面につけたまま、上半身だけの力で強引に白球にぶつかった。

なんとも不恰好な体勢だったが、力の逃げたはずの下半身は、地面にピタリとくっついて、上半身の力を100%全て(このときは既に200%と言っていいほど、限界を超えた力を感じたが)白球にぶつけるべく、アースのような役割を果たしている。

無駄な力を地面に逃がし、脱力感すら覚えたその時。




















鳥羽崎の放った、魔球を、願いを込めた金属棒がとらえた・・・・























打球は、小一時間前野球部4番の堂上が放ったものより更に鋭利な放物線を描き・・・・





















場外に消えた・・・・・・



















鳥羽崎「うねり打法・・・・・か・・・・・・」
















辺りは静まりかえる・・・・




目の前の信じられない光景に誰もが目を疑った。。




そして、何より脱力感に捕われそこに立ち尽くす本人も、混乱状態である・・・・。



















そして・・・・その刹那・・・・

目の前に、再びあの忌々しい火炎の光景が蘇る・・・・。

















そして再び・・・・・目の前が真っ白になって




















記憶が途絶えた・・・・・・。



























試合終了

先攻 野球部5−7×第二野球部 後攻

勝利投手 古橋  敗戦投手 鳥羽崎

本塁打 堂上A 小宮山@