第十六話[秘密兵器投入!]
西木の投げるボールの最高球速は113キロ。
可もなく不可もなく高校一年生としては普通だ。
変化球も2つ持ってはいるが一つは普通に変化する普通のカーブ、こんなのでノっている柚北打線を抑えられるとは考えにくい。
だが…もうひとつの変化球こそが西木の野球能力において唯一普通ではないのだ。
それは、70キロ台のスローカーブ、最高球速との球速差は約40キロ!曲がりこそ小さいが打者のタイミングを狂わせることは十二分にできる。
…西木はこの回を三者凡退に抑えた。
5回の表、西木の投球で立ち直った恋恋打線は一気に柚元を攻め立てる。
6番ローラの内野安打、7番早乙女の中前安打、8番の鈴峯美紀が四球で無死満塁のチャンスを得た。
「ちょっとタイムをもらえますか?」
柚北の捕手、水田が内外野全員を集める長いタイムを取る。
「もうさすがに無理だろ」
水田が柚元を説得するように話しかける。柚元はやや不服そうにうつむいた。
「勝ち抜いて村のみんなを元気付けたいんだろ?だったらここで勝たねえと」
プロテクターをはずしながらも水田は柚元を気にかける。柚元は「わかってますよ」と言わんばかりに顔を上げた。
「ほれ、後は頼んだぞ大具来」
水田はプロテクターを大具来に差し出しすごすごとライトへ歩いていった。
「……キャプテンがその気なんだ、もう後には引けないぞ…勝つしかねえよ」
「わかってる…そもそもみんな僕のために頑張ってくれてるんだ…勝つさ」
そんな会話が大具来と柚元の間で交わされた。
…キャッチャーが変わった。
散々僕を苦しめた大具来君がキャッチャーマスクをかぶっている…これでライトゴロの心配はなさそうだ。
しかし…かまえが変だ。
ワンバウンドのカーブを体で止めるような…股の間にグローブをあてがう構えになっている…投げる前から。
…しかも投球練習をしない、いろいろと不思議すぎる。
僕はそんなことを2塁ベース上で思っていた。
打席には鈴峯美穂、9番と言う打順から想像できるように打撃は得意ではない。
しかし柚元、大具来バッテリーは手を抜かない。
一球目、
柚元の手から離れたボールは山なりの起動を描き…一瞬静止したようになる
あくまでバッターからの目線でだが。
そこからそのボールがフラフラーと揺れたようになり…急激に落下する。
そのボールに美穂が手を出す。が、かすりもしない
ポス…
「ットライク!」
そしてボールがグローブの中に入った…いや入ったと言うより『うまく入ってくれた』が正しいかもしれない。
ポス…
「ットライクッ!」
ガシ…
「ットライクスリー!バッターアウッ!」
最後の球は大具来がとりきれず、プロテクターに当てた。
「これぞ柚北エースの秘密兵器」
ライトの水田がファーストに送られるボールを眺めながら言った。
「魔球…ナックルボール」
恋1−2柚