第十七話[盲点…つうか注意していなかっただけ]
三塁側応援席はがやがやと騒がしくなっていた。
魔球、ほぼ100%ナックルボールを投げる投手に翻弄され。
打者友沢の足の速さに翻弄され。
捕手大具来の肩に翻弄され。
応援席に現れた巨人に翻弄されていた。
…正確に言おう。とてつもなく背の高い細型の少年とその少年より少し背の低いがっしりとした少年、決して小柄ではないのだろうがその二人と比べると必然的に小柄に見えてしまう少年の計三人だ。
「おぉい!上坂(うえさか)に奥田(おくだ)!こっちだこっち!」
三塁側最前席に陣取る三人の少年達の一人が手をブンブンと振りものすごい勢いで手招きをする。
「国山、久しぶりじゃの!」
上坂と呼ばれた少年が国山にハイタッチを求める。
「まったくだ!お前見ないうちにまたでかくなったんじゃないか!?」
「213cmになった、念願のジャイアント馬場越えじゃ」
いすに腰掛けながら上坂がうれしそうに言った。しかし確実に後ろに人に迷惑だろう、そのくらいの体躯なのだ。
国山が「すげえな」と答え試合に目を向けようと視線を戻したとき彼の視界を遮る者があった。
奥田と呼ばれた少年の体だ。Tシャツから除く褐色の腕が妙に威圧的だ。
「本当にこの試合は一見の価値ありなんだろうな…」
「俺はそう思う」
「それじゃあ困るんだよぉ!広島から来たんだぞ!一万五千円だぞ!俺の…俺のつもり貯金の3/8だぞ!高いんだよぉ…」
奥田はそういったきり地面に突っ伏した…せめて試合を見ろ。
「そういや、八見(はちみ)と有木(ありき)は?」
国山はそんな奥田を気にも止めない。
「全面無視か!?…八見はレギュラーだよ…たしか一番ショート、デーブは…相撲部の助っ人だっけ?」
完全に戦闘不能だと思われていた奥田が首を持ち上げて答えた。
「その冗談は笑えますけどこの場にデーブ先輩がいたら確実に張り飛ばされますよ、デーブ先輩もレギュラーです、5番ファースト」
二人の大男について来ていたやや小柄でパッチリと開いた目をした少年が奥田を正して言う。
「んまぁ…有木は力だけは一級品だけどなあ…で、お前誰?」
国山はさっきから気になっていた質問を本人にぶつける。
「あ!申し遅れました、僕は伎古商業(ぎこしょうぎょう)1年生、霧島優(きりしまゆう)と言う者です。今回は夏の予選後に行われる伎古商業と八万石高校の合同強化合宿について八見先輩から手紙を渡して欲しいとの事で…」
そう言いながら肩からかけてあるバックから封筒を一つ取り出した。
「ふう…どれどれ…」
『国山へ
やっと部費の追加が認められた、これで中三の希望者も合宿に参加させることができる。
君がしつこく言っていた恋恋高校分の空きは5名の選手なら何とかなりそうだ。
恋恋高校が我が校の合宿に参加する権利があるかどうかを奥田、上坂に審査しに行ってもらっている。
わざわざベンチ入りから外してまで行ってもらっているんだ。あまりがっかりさせないでくれよ。
合宿の説得については霧島を使ってくれれば良い。
どうやら恋恋高校と繋がりがあるそうだ。
女受けも良いからそいつを囮に使えば女子高内にも簡単に入れるだろう。
では幸運を祈る。
八見』
「お前ら、わざわざベンチ入り外れてまでここに来たのか!?」
「当たり前じゃ、ヘボを参加させてチームの士気を下げるわけにはいかんのじゃ…まあ俺としては女の子と一緒に野球できれば本望だけどね」
上坂が国山に目線を合わせて言う。巨大な体躯に似合わない童顔は嬉しそうににやけていた。
「まあ、昔は女が野球するなんて考えられなかったもんな」
「何言っとんじゃ、広島では今でも考えられんよ」
上坂が手と首を振る。
「九は特殊な事例じゃけん、カウントされん」
とまあ二人が女野球談義に花を咲かせていると…
「はい三振〜!男の癖に三振〜!2番の癖に三振〜!雑魚!はっきり言って雑魚!時間の無駄!撤収!」
奥田が声を上げた。どうやら真面目に審査しているらしい…いや真面目ではないか…
「ナックルボールの連投じゃキツイよ、そう言ってやるな」
国山が一応奥田をたしなめたが。
「何言ってんだ!あんなヘロ球俺の『滝』に比べりゃ速度も落差も劣るね!」
奥田も引かない。
「シニアリーグ中国地方大会を制覇した男と比べるな、可哀想じゃろが、のう『豪腕』奥田」
「お前が言えた義理か!シニアリーグ広島選抜のエース、『二階からボールを投げる男』上坂!だいたい!お前のカーブに比べたって劣ってるぜ!」
「あ〜!もう!やめろやめろ!」
たまらなくなった国山が二人の間に割ってはいる。
「あのなあ…お前らは基本的に人間離れしてんだよ…まさかすべての打者を『神の子』八見や『軟式110m男』有木と同じように考えてるんじゃないだろうな!?」
図星なのか二人とも黙ってしまう。
「今回君らが審査するのは一般人よ!イッパンジン!イッパンピーポー!脳内レベルが高すぎ!もっと普通に!普通ブレインで!」
奥田は納得したように頷く。
「まあ…一般常識で考えりゃあ…ナックルを一回目で打つのは無理だな」
「そうかなぁ?僕なら安打にできるけどなぁ」
急に上坂の後ろから声がした。まるで小学生のように高い声だ。
「間宮〜貴様は空気を読むということを知らんのか」
「だって仕方ないじゃん!僕ならできるよ!」
上坂の横をすり抜けるように間宮が椅子から飛び降りる。
上坂と比べると相当小さい、『巨人と小人』と言われても納得してしまいそうだ。
「あの程度の守備なら転がせば僕ならセーフさ!」
語尾を上げちょっと偉そうにする。
小さいからわかりにくいが胸を張っているらしい。
「俺もその意見には賛成だよ」
今度は国山の後ろで寝転んでいた『美』少年が寝そべったまま言う。
今すぐ歌手になれと言われても良いようなきれいな声だ。
「あの程度、転がすくらいなら間宮君だったら楽勝だよ」
「ね!ね!そうでしょ!やっぱり小田切君は話が分かるなぁ」
理解されたことが嬉しいのか間宮が小田切を褒めたおす。
「が〜もう!話をややこしくするな!」
やっぱり三塁席はやかましいのであった。
また西木がマウンドに上がる。
理由は簡単、早乙女が完膚なきまでに打ち込まれたからだ…と言っても2点しか取られていないが…本人にとっては相当きつかった様で…
かといって西木も本職のピッチャーなわけではない。
7番はスローカーブに反応しきれず見逃しの三振。
「かー!本当にむかつくな!遅すぎんぞ!」
ベンチ内で大具来が喚く。
「ん…高橋先輩、ちょっと」
柚元がネクストバッターサークルに入ろうとしていた9番打者を引き止める。
「多分2球目か3球目だと思うんですけど、腕の振りが微妙早いのがあるはずです、それは何の変哲も無いストレートなんで思いっきり叩いて下さい」
高橋は一瞬キョトンとしたがすぐに理解したようで深く頷いた。
「どゆこと?」
大具来は理解できていないようで柚元に疑問を投げかける。
「たぶんあの西木とかいうのは本職のピッチャーじゃないんだ、まあ高校野球ではよくある便利屋って奴さ、だからモーションに癖がある、投手としての練習をあまりしてないからだろうね、と言うか何で今まで気づかなかったんだろ…キャッチャーが上手いからかな?」
「ほぉ〜盲点だったな…注意してなかっただけか…」
ローラ=シェーンは西木のモーション癖についてそこまで深く考えていなかった。
早乙女が立ち直るまでのマウンドだったのでそんな微妙な変化に気づく訳無いと思っていたのだ。
そして西木の緩急なら十分に打ち取れると考えていたからだろう。
しかし、それがつけ込まれることになる。
カウント1−1から迎えた3球目
キィン!
ストレートを打たれてしまった。
ボールは一直線に右中間に飛んでゆく。
「よっしゃー!柚元の作戦勝ちだー!」
柚北ベンチで大具来が叫ぶ。
すでにライトの早乙女は諦めて後ろから回り込もうとしていた…が!
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
センターの友沢がものすごい勢いで突っ込んでくる。
まるで今までの鬱憤を晴らすかのように突っ込んでくる。
やばいって友沢さん!無理だから!
そう叫ぼうと思ったのだが突っ込んでくる友沢さんの迫力に押し負け何も言えないでいた。
そして友沢さんは…僕の目の前で
「とぅ!」
飛んだ、きれいに飛んだ。
そしてゴロゴロと芝の上を転がる、僕のほうにボールは…転がって来なかった。
「あんたもこの位頑張りなさいよ!」
仰向けになった彼女が差し出したやや大きめのグローブの中にはボールがすっぽりと納まっていた。
「ふあぁあ…すごいね…」
奥田があくびをしながらつまらなさそうに言う。相当つまらなそうだ。
「うわ…すごい不真面目…結構凄いプレイだよ」
間宮が半ば呆れたように言う。
「だってよ〜あの位のプレイは普段から見慣れてんだよ…それに八見や上坂ならあんな大げさなことしないし…そこんとこどうですか審査員の上坂さん」
「そうじゃのう…イッパンピープルで考えれば今のは95点ぐらいかのう…」
「では我々のレベルでは…」
「そうじゃのう…」
上坂はベンチに下がる友沢を見ながら言った。
「65点位かのう…」
恋1−2柚