第十八話「恋恋のターン、早乙女亮太を召喚!」



































恋1−2柚

7回の表、恋恋高校の攻撃


「ふぅ…ふっ…」


柚元は辛そうに肩で息をしている。ナックルの多投が祟った様だ。


「ふっ!」


それでもまだ大具来相手にナックルを投げ続ける。


キン!


6番のローラがナックルをバットに当てたもののセカンドの真正面。

もうその事に気づいている人間が多くいる。

丸岩勝もその一人だ。



「やっぱりナックル専用のキャッチャーだ」

「え?どう言う事です?」


ベンチで丸岩がつぶやいた言葉に監督の霧島が反応を示す。


「さっきまでの捕手はあのナックルが取れないんですよ。その点大具来なら万一後ろに逸らしてもあの肩があるから振り逃げを刺せる、ま、急造捕手だから速いストレートやら変化球は取れないんでしょう…」

「なるほど…ナックルを投げないかナックルを投げ続けるか…の選択だったんですね」


霧島監督が身振り手振りを交えながら納得する。


「そう言う事…うはは、次の回が楽しみだなコリャ」


丸岩の顔が肉を目の前にした肉食動物のように崩れた。







7階の裏、柚北高校の打順は、






『4番、キャッチャー、大具来君』







マウンド上の西木は身震いする、すでに大具来に取り込まれつつある、柚北の応援団はもちろん、観客も、数少ない偵察組も、記者も、大具来が打つことを確信している。



カキィン!



流した大具来の打球は一瞬、球場に存在するすべての人を沸かせたが、すぐに静まる、しかしまたすぐに沸く、ライトの早乙女が必要以上にボールを追ったからだ…










落ちるなボール!もっとゆっくり!もっとゆっくり落ちろ!

ボールを追いながらそう願った、すぐ近くに記者のカメラが見えた、知ったことか…ここにいる記者が悪い!

そして僕は記者席に突っ込んだ。









ガシャーン!










体が一回転するのが分かる、足がカメラに当たった、ボールは!ボールはどこだ!









僕のグローブの中に……………無かった。








ボールは、僕の横をコロコロと転がっていた。

胸の中で何かが燃え上がっていくと同時に何かが急激にさめて行った。

今すぐこのボールを八つ裂きにしたかった。


…僕は馬鹿だ…2点取られただけで崩れて、チームに迷惑をかけた、僕は…頑張ってなかった、打たれて逃げた、逃げたとこでも…このざまだ、ファウルボールすら取れない…ここは僕のいるべき場所ではないのかもしれない




…もう一度やってみよう、もう一度マウンドに登って大具来君に投げよう。

それで駄目でもいい、5番に投げる、

それが駄目でもいい、6番に投げる、

身勝手かもしれないけど…エースは僕だ。

僕はマウンドに向かって歩き出した、右手にはボールを持っている。

もしマウンドに立つことができたら…西木君にお礼を言おう、友沢さんに抱きつこう…嫌がられるか、

もしマウンドに立てたら…勝敗に関係なく皆に謝ろう…そしてお礼を言おう…なんだったら皆に抱きついてもいい。

西木君がマウンドを降りるのが遠目ながら見えた。












『ピッチャー西木君に代わりまして、早乙女君』


「よっしゃー真打ち登場!」


観客席で国山がガッツポーズを作る、間宮もキャッキャッと嬉しそうにはしゃいでいる。


「国山いわく最高の選手のう…見る価値はあるかな」


上坂がオペラグラスを片手に微笑む。


「一体どんな球投げんだよ」


奥田もやや興味を示した。


「基本的な能力はお前らの足元にも及ばん、だけどスライダーはすげぇぜ!俺が打てなかった」

「はあ!?練習試合では5の4で4ホーマーなんだろ?」

「全部ストレートだった…あぁそういや一回だけスライダー打ったけど…あれはまぐれだったな…当時の俺から見たら完全に魔球だったね!」


国山がさも憤慨した態度になる。


「そうだよ!それにすっごくカッコいいんだよ!顔もフォームも…奥田さんも顔はいい線いってけど足元にも及ばないよ、フォームは知らないし」


間宮もなぜか大きく手を振りながら喚く。


「んだとこのガキャー!」

「落ち着け奥田」


炎上した奥田を上坂が制する。


「今はゆっくり観察するんじゃ、その…期待の選手についてのぉ…」


そして上坂はオペラグラスを再び覗いた。







正直言って…打たれるのはいやだ。

でもいい…

今この瞬間を楽しもう。

ローラのサインは低めのスライダー…さっき打たれた球だ。

でもいい、僕は今大具来君にも、失点にも恐怖を感じていないのだから。

見て…これが僕のスライダーだ!





外角低めに決まったスライダーに大具来は反応できなかった。

お次は内角低めのストレート。

もう…この打席にすべての力を注いでもいい。

この試合一番の…渾身の力を込めて投げた。

その瞬間早乙女亮太は微笑んでいた。

嫌味の無い純粋な笑顔だった…







本日最高の137キロ…












「見逃し三振じゃ…」


オペラグラスを下ろした上坂が静かにつぶやく。


「あの細さで137が出せるのならば…うちで本格的にトレーニングを積めば本気で150が狙える」


奥田の目つきが真剣になってきた。


「あの1番もなかなかの逸材だ、4番はおそらく八見と同じ次元の人間だろう、キャッチもうちの霧島までは行かないがなかなかのものだ…なぜこいつらが今までに全国的に騒がれなかったんだ?話題性は抜群だろうに」

「どうした奥田急に真剣になったのぉ」

「こういうチームには興味がある、さしずめ今は熟していない青い果実って所かな…そういう奴等の成長を見るのは好きだ…だが」



奥田の表情が今までには無かった表情になる。目を細めながらニッコリ笑う。












「まだ実の硬い青い果実を潰して、踏みにじることはもっと好きだけどな…潰しがいがある」






恋1−2柚