第十九話[追い詰めたか…それとも…]
8回の表、恋恋高校の攻撃
9番は三振。
『一番、センター、友沢さん』
本日の成績は3−1、一打席目のストレートを捕らえて以来ナックルと大具来に翻弄され続けている。
――今度は大丈夫。
友沢にはその自身があった、そして4打席目の第一球目のナックルを見てそれが確信に変わった。
――もうほとんど棒球に近い。とらえる事は簡単だね。
キン!
友沢の打球はいとも簡単に三遊間を抜ける。あの位置に天敵である大具来の肩は存在しない。
2番の西木は四球を選び一死一、二塁と絶好のチャンスとなった。
「おいおい…しゃぁねえなあぁ…」
捕手の位置から大具来が立ち上がり、一塁側観客席をちらりと見た後レガースを外し始めた。
「勝たなきゃならんのだよ…絶対に」
『ピッチャー、柚元君に代わりまして、大具来君』
球場は一瞬静まり数秒後にわっと沸く。
無理も無い、大具来が並外れた肩の持ち主と言うことはそこに居る全員が知っているのだ。
さらにそれを煽る出来事が起こった。
「センター行くぞ!」
センターからの返答を待つことも無く大具来がホームベース上からセンター方向へボールを投げる。
そしてそのボールがセンターのグラブにスピードの勢いを残したまま突き刺さる。約110mの大遠投だ。
スタンドからおおぉ〜という感嘆の声が漏れる。
『3番、ファースト、丸岩君』
打席に丸岩が入るが観客にとってそれはどうでもよいことだ。
なぜなら観客が期待しているのは大具来の球速だからだ。
外野手の返球のようなフォームで一球目を投げる。
パンと言う音とともにボールがミットの中に収まった。
球速は142キロ、観客席がさらに熱気を増した。
そのまま140キロ台を連発され、丸岩は見逃しの三振。
「漫画かよ……」
バットを持ち替えた丸岩が笑いすら浮かべていった。
4番の葉桜を迎えたとき。捕手の水田が立ち上がった。
敬遠策、本来一、二塁の場面でこの策は有り得ないのだが、おそらく葉桜との絶対的な実力の差を感じ取ったのだろう。
2死満塁とするのだから。5番を確実に打ち取れると言う自信の表れかもしれない。
一球目が大げさに打者から離れた捕手のミットの中に収まった。
――舐められているな……私は
ネクストバッターサークルの中にいる彼女がバットを握る手に自然に力がこもる。
無理も無い。
今彼女は甲子園でも一年に一度あるかないかの場面を迎えているのだ。
二死満塁、しかも前の打者を歩かせた。
――今に見ていろ
自然と目つきが険しくなる、素振りが力任せになる。
「オイこら……何を一人でかっかしてんだ?」
目の前に丸岩が現れる。その表情からは呆れが読み取れた。
「暴走するな、ただでさえ当たらないスイングなんだから」
「しかし……」
宝来坂だって馬鹿ではない、自分と葉桜を天秤にのせたとき葉桜側に大きく傾く事は本人も承知である。
確かに本塁打を打ってはいるがそれもほぼまぐれだと相手は思っているに違いない、実際まぐれの奇跡なのだ。
しかしいざこういうシチュエーションになると暴走してしまうのは宝来坂を含む体育会系の性であろう。
「その気持ちがわからん訳ではない……ん〜」
丸岩が宝来坂を取り残して唸る。
敬遠の三球目がミットに収まる音がした。
「ぶっちゃけね〜俺四球しか見てないから確実かどうかは知らんけど…」
丸岩がもう一度俯き「いいのかな〜」と自問自答をした後、観念したように口を開いた。
宝来坂は一字一句聞き逃すまいと丸岩と目線を合わせる。
「一回しか言わないからな……」
敬遠の四球目がミットに収まる音と審判の気合の入った「フォアボール」の宣告が宝来坂の耳に入った。
『5番、レフト、宝来坂さん』
恋1−2柚